★★★日本のヒーロー・ヒロイン★★★

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Re: ★★★日本のヒーロー・ヒロイン★★★

投稿者: rie2376 投稿日時: 2009/04/19 09:29 投稿番号: [61 / 65]
維新の先駆けとして華々しく戦い、散って
いった 高杉晋作、2回に分けて


   峻烈   奇兵隊

慶長二年八月、第二次長州討伐の幕府軍は
十万の大軍を擁して長州を目指していた

迎え撃つ長州軍は約三万、圧倒的な戦力の差は
第一次長州討伐と同様、長州藩の敗北を
予感させるものであった

幕府軍司令官、老中小笠原長行は軍議の席で
壮語する

長州の者共、再び頭(こうべ)を
垂れるであろう

将軍家の御威光、些かも揺るぎなし

元来、官僚畑の小笠原が司令官として指揮を
取ったのは、長州は戦わずして降伏するで
あろうという、幕府の安易な思惑であった

この思惑は見事に外れ、後々大きな禍根を
残す事になる

第一次長州討伐の後、長州藩では幕府に従順な
保守派が実権を握っていた、反幕府勢力は
粛清され、多くの志士達が切腹、打ち首の
憂き目に逢わされた

これに敢然と立ち向かったのが、高杉晋作で
あった

高杉晋作   諱(いみな)は春風   萩に生まれ
十九歳の折吉田松陰の松下村塾に入門、英才を
発輝して久坂玄瑞と共に、松門の双璧と称された

高杉は、檄を飛ばす

今や尊皇攘夷が事、火急の時なり
共に起ちて、奸物を討ち果たさん

元治元年十二月、高杉の檄文に応じて功山寺に
結集した八十余名は、尊皇攘夷を掲げて決起する

この時高杉はこう述べている

長州男児の心意気、得と御覧に入れ申す

高杉は民兵組織、奇兵隊を組織し保守派の討伐に
全精力を傾けた 、この奇兵隊は正式な軍隊では
なく、農民や下級武士で構成されていた

徹底した訓練と、西洋式の装備で力を蓄え
次々と保守派を打ち破り、長州は再び倒幕派が
実権を握ったのである

我等、再び起ちて   尊皇の志
貫(つらぬ)かん

第二次長州討伐軍の主力は、九州小倉城に
入城していた、その兵力は約五万対して
迎え撃つ高杉奇兵隊は僅か一千、対岸の
下関に布陣する

一対五十   数で圧倒的に不利な高杉は徹底した
ゲリラ戦法を取った、小倉藩の軍港、田野浦を
急襲し、幕府軍が用意していた二百艘に登る
軍船を焼き払い。同時に下関の砲台から
幕府軍の陣営に大量の砲弾を浴びせたのである

幕府軍は大混乱に陥り、初戦は高杉軍の
大勝利となった

この年は厳しい猛暑が続き、諸藩寄せ集めの
幕府軍は、疲労と食料不足で戦闘意欲を失い
前線を支えるのは、小倉藩だけという状況で
あった

その小倉藩も打撃を受け、小笠原に援軍を
要請する

我が藩のみ矢面(やおもて)に立つは
納得出来かねる

然るべく、援軍を御願いしたい

援軍として、小倉城に入城したのは
熊本藩であった、当時熊本藩は銃身の長い
鉄砲を揃え、幕軍最強の呼び声が高かった
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