釣魚嶼、黄毛嶼島名は中国領根拠にならん
投稿者: hamakaze_matukaze 投稿日時: 2009/01/25 22:07 投稿番号: [9078 / 9207]
井上清
一五三四年、中国の福州から
琉球の那覇に航した、明の皇帝の冊封使陳侃の『使琉球録』がある。それによれば、使節一行の乗船は、その年五
月八日、福州の梅花所から外洋に出て、東南に航し、鶏籠頭(台湾の基隆)の沖合で東に転し、十日に釣魚嶼などを過ぎたという。
「十日、南風甚ダ迅ク、舟行飛ブガ如シ。然レドモ流ニ順ヒテ下レバ、(舟は)甚ダシクハ動カズ、平嘉山ヲ過ギ、釣魚嶼ヲ過ギ、黄毛嶼ヲ過ギ、赤嶼ヲ過グ。目接スルニ暇アラズ。(中略)十一日夕、古米山(琉球の表記は久米島)
ヲ見ル。乃チ琉球ニ属スル者ナリ。夷人(冊封使の船で働いている琉球人)船ニ鼓舞シ、家ニ達スルヲ喜ブ。」
琉球冊封使は、これより先一三七二年に琉球に派遣されたのを第一回とし、陳侃は第十一回めの冊封使である。
彼以前の十回の使節の往路も、福州を出て、陳侃らと同じ航路を進んだはずであるから、−−それ以外の航路はな
い−−その使録があれば、それにも当然に釣魚島などのことは何らかの形で記載されていたであろうが、それらは、
もともと書かれなかったのか、あるいは早くから亡失していた。陳侃の次に一五六二年の冊封使となった郭汝霖の
『重編使琉球録』にも、使琉球録は陳侃からはじまるという。
*
1534年 冊封使陳侃は福州の梅花所から外洋に出て、東南に航し、鶏籠頭(台湾の基隆)の沖合で東に転し、平嘉山ヲ過ギ、十日に釣魚嶼ヲ過ギ、黄毛嶼ヲ過ギ、赤嶼ヲ過グ ・・現中国はここに出て来る鶏籠頭、黄毛嶼などは明人が命名したのだから中国領だと主張しています。しかし鶏籠頭は台湾であり、1683年に台湾が清国版図に入るまでは中国領土ではないのです、つまりここに記された鶏籠頭、釣魚嶼、黄毛嶼などの島名は中国領根拠にはならんのですね。
これは メッセージ 9076 (hamakaze_matukaze さん)への返信です.
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