八道総図 半島からまず于山島が見える
投稿者: hamakaze_matukaze 投稿日時: 2009/01/10 20:04 投稿番号: [9048 / 9207]
『世宗実録』地理志1454年
江原道蔚珍縣
于山・武陵の二島は県の正に東の海の中に在る。二島はお互いにそれほど遠くなく、天候が清明であれば望み見ることができる。新羅時代には于山国と称していた。一説に鬱陵島と言い、百里四方ある・・・
『八道総図』1481年の于山島
東国輿地勝覧付属の八道総図(鬱陵島周辺部)
于山島が描かれている地図は多数見つかっているが、その内最も古い地図は1481年(成宗12年)に編纂された『東国輿地勝覧』付属の『八道総図』である。鬱陵島の西に于山島が記載されているが、実際には鬱陵島の西にこの様な大きな島は存在しない。仮にこの図の通り二つの島があるとしても朝鮮半島からは一つに見える。東西に分かれた島は鬱陵島の想像図であることが分かる。
*『八道総図』によると、半島からのぞみ見れば最初に于山島が目に入ります、鬱陵島は于山島のうしろに入り半島から見えない事になりますね、つまり
半島から見えない鬱陵島は、これ又半島から見えない竹嶼に比定できます
八道総図の鬱陵島は世宗実録地理志の武陵に比定され
又、今までの朝鮮実録によると、
于山、武陵には住民がいたから武陵は独島には比定出来ません。
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