安龍福の松島は独島では無い事に ー完ー
投稿者: hamakaze_matukaze 投稿日時: 2009/01/03 22:30 投稿番号: [9038 / 9207]
“7日、王は檢察使李奎遠を呼んで謁見した。
王曰く「近頃、鬱陵島に他の国の者が絶えず往来して島を占有する、という被害がでている。松竹島と于山島は鬱陵島の傍にあるはずだが、互いの距離はその産物についての詳細が分かっていない。君は特別にこの検察使に選ばれたわけであるから、しっかりと仕事をせよ。民を住まわせる村を作るかもしれないから、詳細な地図と記録をとるように。」
李奎遠曰く「于山島は鬱陵島のことです。つまり于山とは、彼の国の昔の首都の名前です。松竹島は島から三数十里ほど沖の小さな島です。産物は、檀香と簡竹です。」
王曰く「芋山島(于山島)あるいは松竹島と呼ばれるものは、輿地勝覽に記述がある。それはまた、松島、竹島とも呼ばれ、于山島と3つあわせて鬱陵島と呼ばれる島を成している。全てについてその事情を検察せよ。そもそも三陟と越松の土候が鬱陵島の調査を行っていたが、皆いい加減で島の外周しか検察していない。こうしたことが外国人による弊害を招いたのだ。」
李奎遠曰く「深く分け入って検察を行います。その島は鬱陵島の東にあり、時に松島とも竹島とも呼ばれています。しかし、そこにあるのは、松竹島で、松島と竹島と言う別々の島があるわけではありません。」
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王曰く松竹島と于山島は鬱陵島の傍にあるはずだが、「芋山島(于山島)あるいは松竹島と呼ばれるものは、輿地勝覽に記述がある。それはまた、松島、竹島とも呼ばれ・・・つまり1530年の輿地勝覽には「松島」の記述が入っているのですね、それは鬱陵島の傍にある、当然安龍福も輿地勝覽内に松島の記載を目にした事でしょう、さらにさがしていた于山島が仲間の情報から鬱陵島東方にあるとわかる、安龍福には鬱陵島東に于山島と松島が重なる知識となります、だから倭の漁師が松島に住んでいると云ったとたん間髪をいれづ、その松島は于山島だ 于山島は朝鮮領だと云ったのではないだろうか
安龍福の松島は独島では無い事になります、それは竹嶼でしょう。ー完ー
これは メッセージ 9037 (hamakaze_matukaze さん)への返信です.
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