竹島は韓国領だと主張する日本人学者
投稿者: aopbnwat 投稿日時: 2008/10/19 08:24 投稿番号: [8968 / 9207]
「独島(日本名:竹島)=韓国の地を明らかにするのは、日本の名誉を尊重するから」
学者の良心によって独島が日本の地ではない、と主張する日本人学者が何人かいる。独島専門家である内藤正中(79)島根大名誉教授もその一人。最近、彼が「竹島=独島問題入門」(新幹社)と言うタイトルの著書を出した。日本外務省が2月に発刊した資料集「竹島問題を理解するための10のポイント」に項目別に反論した小冊子だ。
3年前から神奈川県で一人で隠居生活する彼を8日訪ねた。本を出した理由を問うと、内藤教授は「資料集を見たら‘これはあまりにも度が過ぎる’という気がした」と述べた。歴史的事実の中から都合のよい部分だけを使って不利な事実は最初から無視する一方的で粗っぽい内容だという。
特に彼はこの資料集が教育現場で活用される可能性が非常に大きいという点を憂慮した。「たいていの日本人は独島に対して無知だ。それに独島問題は本を何冊読んでも理解しにくい。結局、教師らが何を参考にするだろうか。こんな政府資料を参考にするしかない。」
それで新しい本は外務省の主張に対してこれまでの研究成果を総掛かりにして反論したが、簡潔で分かりやすく整理するのに焦点を合わせた。例えば「日本は17世紀中盤に独島に対する領有権を確立した」と言う主張に対して1695年幕府が、1877年明治政府がそれぞれ「鬱陵島と独島は日本の地ではない」と結論を下した事務文書を提示した。
また「日本は独島問題を国際司法裁判所に任せようと言うのに韓国が拒否する」と言う主張に対しては「韓国は当初より領有権を持っていて敢えて国際司法裁判所に確認を求める理由がない」と反論した。
―日本人としてこんな主張は国益に反さないか。
「国益に反すると歴史的事実を変えられるのか。むしろ歴史を尊重することが国益になる。私は日本の名誉のためにこの本を整理した。」
―これまで右翼の脅威みたいなことはなかったか。
「2005年に40余年間暮して来た島根県からこちらに移って来た。あそこに留まっていたら攻撃対象になったかもしれないが、隠れて暮したら捜せないだろう。もう私の年も80で動くのも不便だ。」
―独島に関心を持つようになった契機は…。
「1993年島根大を退職して鳥取大に移ったが、郷土資料官に独島と関連した珍しい資料がいっぱいあることを見つけた。学者として研究しなければならなかった。日本人である私が‘独島は日本の地になれない’と言う点を明らかにしたから、これからは韓国学者が‘独島は韓国の地’であることを明
らかにしてくれたらと思う」と述べた。独島問題で興奮して声を高めるよりは、史料を探して決定的証拠を出してくれという注文だ。
彼は「独島が韓国の地なのを明らかにしてくれる史料はまだ出せる。」と一つ例をあげた。「1900年大韓帝国が公布した勅令第41号には‘鬱陵島’を‘鬱島’と改称して竹島と石島を加えて鬱陶郡を設置する、という記載がある。ここで石島は鬱陵島民が俗称「ドルソム」と呼ぶ独島であることは明ら
かだ。残念なことに、独島を石島だと称した史料がこれ一つしかないという点だ。周辺史料、たとえば当時の雑誌論文や官庁書類などを捜してみれば、石島が独島であることを証明する資料があるだろう。韓国学者たちがもうちょっと頑張ったらと思う。」
>「たいていの日本人は独島に対して無知だ。それに独島問題は本を何冊読んでも理解しにくい。」
それを逆手に取って、竹島は韓国領だと主張するこの学者の意図は、一体何なのだろうか?
理解に苦しむ。
>「2005年に40余年間暮して来た島根県からこちらに移って来た。あそこに留まっていたら攻撃対象になったかもしれないが、隠れて暮したら捜せないだろう。もう私の年も80で動くのも不便だ。」
己の主張が正しいと言うのであれば、島根の地で、正々堂々と戦えば良いではないか。
何故隠れて暮らす必要があるのか?
隠れて暮らしていると言う事は、自分の主張が日本側の論拠に基づいて攻撃された時、呆気なく論破される事を恐れているからとしか思えない。
しかしこんな馬鹿学者、どうせなら韓国で隠居生活すれば良いのに、国籍も変えてね。
学者の良心によって独島が日本の地ではない、と主張する日本人学者が何人かいる。独島専門家である内藤正中(79)島根大名誉教授もその一人。最近、彼が「竹島=独島問題入門」(新幹社)と言うタイトルの著書を出した。日本外務省が2月に発刊した資料集「竹島問題を理解するための10のポイント」に項目別に反論した小冊子だ。
3年前から神奈川県で一人で隠居生活する彼を8日訪ねた。本を出した理由を問うと、内藤教授は「資料集を見たら‘これはあまりにも度が過ぎる’という気がした」と述べた。歴史的事実の中から都合のよい部分だけを使って不利な事実は最初から無視する一方的で粗っぽい内容だという。
特に彼はこの資料集が教育現場で活用される可能性が非常に大きいという点を憂慮した。「たいていの日本人は独島に対して無知だ。それに独島問題は本を何冊読んでも理解しにくい。結局、教師らが何を参考にするだろうか。こんな政府資料を参考にするしかない。」
それで新しい本は外務省の主張に対してこれまでの研究成果を総掛かりにして反論したが、簡潔で分かりやすく整理するのに焦点を合わせた。例えば「日本は17世紀中盤に独島に対する領有権を確立した」と言う主張に対して1695年幕府が、1877年明治政府がそれぞれ「鬱陵島と独島は日本の地ではない」と結論を下した事務文書を提示した。
また「日本は独島問題を国際司法裁判所に任せようと言うのに韓国が拒否する」と言う主張に対しては「韓国は当初より領有権を持っていて敢えて国際司法裁判所に確認を求める理由がない」と反論した。
―日本人としてこんな主張は国益に反さないか。
「国益に反すると歴史的事実を変えられるのか。むしろ歴史を尊重することが国益になる。私は日本の名誉のためにこの本を整理した。」
―これまで右翼の脅威みたいなことはなかったか。
「2005年に40余年間暮して来た島根県からこちらに移って来た。あそこに留まっていたら攻撃対象になったかもしれないが、隠れて暮したら捜せないだろう。もう私の年も80で動くのも不便だ。」
―独島に関心を持つようになった契機は…。
「1993年島根大を退職して鳥取大に移ったが、郷土資料官に独島と関連した珍しい資料がいっぱいあることを見つけた。学者として研究しなければならなかった。日本人である私が‘独島は日本の地になれない’と言う点を明らかにしたから、これからは韓国学者が‘独島は韓国の地’であることを明
らかにしてくれたらと思う」と述べた。独島問題で興奮して声を高めるよりは、史料を探して決定的証拠を出してくれという注文だ。
彼は「独島が韓国の地なのを明らかにしてくれる史料はまだ出せる。」と一つ例をあげた。「1900年大韓帝国が公布した勅令第41号には‘鬱陵島’を‘鬱島’と改称して竹島と石島を加えて鬱陶郡を設置する、という記載がある。ここで石島は鬱陵島民が俗称「ドルソム」と呼ぶ独島であることは明ら
かだ。残念なことに、独島を石島だと称した史料がこれ一つしかないという点だ。周辺史料、たとえば当時の雑誌論文や官庁書類などを捜してみれば、石島が独島であることを証明する資料があるだろう。韓国学者たちがもうちょっと頑張ったらと思う。」
>「たいていの日本人は独島に対して無知だ。それに独島問題は本を何冊読んでも理解しにくい。」
それを逆手に取って、竹島は韓国領だと主張するこの学者の意図は、一体何なのだろうか?
理解に苦しむ。
>「2005年に40余年間暮して来た島根県からこちらに移って来た。あそこに留まっていたら攻撃対象になったかもしれないが、隠れて暮したら捜せないだろう。もう私の年も80で動くのも不便だ。」
己の主張が正しいと言うのであれば、島根の地で、正々堂々と戦えば良いではないか。
何故隠れて暮らす必要があるのか?
隠れて暮らしていると言う事は、自分の主張が日本側の論拠に基づいて攻撃された時、呆気なく論破される事を恐れているからとしか思えない。
しかしこんな馬鹿学者、どうせなら韓国で隠居生活すれば良いのに、国籍も変えてね。
これは メッセージ 1 (scapin_677tx さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1za1vcddega1wa4offckdc8gmada4nnneza4ga49_1/8968.html