1903年アシカ猟を主とする本格的な経営
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/12/23 22:08 投稿番号: [8257 / 9207]
http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/nakai.html Toron Talker
現・竹島で、アシカ猟を主とする
本格的な経営が行われるようになったのは、
明治36年(1903年)以降のことである。
この年、隠岐島民の中井養三郎や石橋松太郎らは、現・竹島に渡ってアシカの猟獲に従事していた。
明治37年(1904年)には中井・石橋らの他に幾つかの組も参入し、
猟獲を競った結果、同年度のアシカの捕獲数は2760頭にも達した。
この乱獲が続けば竹島にいるアシカの絶滅は近い。
そのため中井養三郎は、明治37年(1904年)の猟獲終了後に、その事業の独占を図り、
9月29日付をもって内務・外務・農商務三大臣に対して「りゃんこ島領土編入並に貸下願」を提出した。
「仮住」にせよ、
「滞在」して狩猟等の「経済活動」を行うことは、
領域の実効支配の要件に何ら欠けることはないでしょう。
特に、このような活動が、何ら韓国政府の抗議を受けることなくなされたことは、
韓国がリアンクル岩(現在の竹島=独島)に支配を及ぼしていなかったことを示す強力な証拠となるでしょう。
すなわち、国際法からみても、
1905年のリアンクル岩(現在の竹島=独島)編入は、「無主地先占」の要件を満たすことになります。<引用おわり
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1902年から狩猟等の「経済活動」をしていたから対露戦争とは関係なさそうですね、
これは メッセージ 8256 (ninnikumanx さん)への返信です.
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