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リャンコの軍事的価値、ロシアと満韓交換

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/12/23 14:41 投稿番号: [8252 / 9207]
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/half-moon2005.html

6.竹島=独島の軍事的価値

   竹島=独島に対する明治政府の視点は日露戦争を機に変貌しました。その背景を知る
ために、ひとまず当時の東アジア情勢をふり返ってみます。
   日本は満州を放棄するかわりに韓国を勢力圏におさめるべく、ロシアと「満韓交換」
を交渉しましたが不調に終わり、ついに一九〇四年二月、ロシアに対し戦闘行動を開始し
ました。
   日本は、旅順に停泊中のロシア艦隊にたいし連合艦隊が奇襲攻撃をかけるとともに、
臨時派遣隊が韓国の仁川に上陸、漢城に入り首都を制圧しました。その軍事的威圧のもと
で韓国に軍事協力を強要し「軍略上必要の地点を臨機収用する」と規定した日韓議定書の
調印を強制しました。日本はこの条項を拡大解釈して韓国に思うがまま軍事施設を設ける
ようになりました。
   しかし、その日韓議定書すらほどなく日本により踏みにじられるようになりました。
議定書では「大日本帝国は大韓帝国の独立及領土の保全を確実に保障」とうたっていまし
たが、日露戦争の本格化にともない、日本は韓国の独立を保証するどころか、早くも五月
には韓国を半植民地化する「対韓施設綱領」を閣議決定しました。その方針のもと、九月
には第一次日韓協約を強引に承諾させ、保護国化を着々と実行にうつしました。

   他方、戦局は六月になると日本海で一挙に緊張が高まりました。ロシアのウラジオ艦
隊が朝鮮海峡に出現、日本の輸送船を次々と沈めていきました。これに対処するため、海
軍は敵艦監視・通信施設の増強をはかりました。
   九州・中国地方の沿岸各地と並行して、朝鮮東南部の竹辺湾、蔚山、巨文島、済州島
等に望楼を建設し、それらを海底電信線によって連結しました。朝鮮内の望楼は約二十か
所にもおよびましたが、それらはすべて有無をいわせぬ軍事占領でした。そしてそれらの
戦略の一環として鬱陵島に望楼を建設して、そこと朝鮮本土の日本海軍碇泊地である竹辺
湾との間を軍用海底電信線で結ぶことが決定されました。
   鬱陵島の望楼は二か所で九月に完成しました。海底電信線の方はウラジオ艦隊に脅か
されながらも敷設が進められ、これも九月に完成しました。これによって鬱陵島の望楼は
朝鮮本土を経由して、佐世保の海軍鎮守府と直接交信できることになりました。さらに、
リアンクール島(竹島=独島)にも望楼の建設が計画され、軍艦対馬によって予備調査が
おこなわれました。

   翌一九〇五年五月、リアンクール島付近で日露の歴史的な「日本海海戦」があり、日
本はロシアのバルチック艦隊に大勝し、戦局を有利に転換しました。これによりリアン
クール(竹島=独島)の戦略価値が一層重要視されたのはいうまでもありません。日本海
軍は鬱陵島、リアンクール島を含めた水域の総合施設計画を立て、八月リアンクール島に
望楼を完成させました。
   海底電信線の方は、九月に講和が成立したため当初の計画が変更され、リアンクール
島と隠岐との間ではなく鬱陵島からリアンクール島を経て松江に接続されました。
   こうして、朝鮮半島の竹辺から鬱陵島、リアンクール島、松江に到る一連の軍用通信
線の体系がつくりあげられました。このように、日本政府にとって日本海中のリアンクー
ル島とは軍事的な利用対象にほかならず、またそれは当時朝鮮各地でおこなった軍事的占
領と密接不可分なものでした。

++   リャンコ編入は無主地無人島を日本領域に入れただけで、朝鮮侵略だとか対露戦争準備だとかは一切関係ありませんよ、持ち主不在の、それも江戸初期からささやかに実効支配してきた無人島を単純に明治政府が日本流域に正式編入しただけで他に他意はないでしょうに、
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