海長竹が一面に叢生している東側五里小島
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/12/08 13:33 投稿番号: [8216 / 9207]
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/half-moon2005.html
半月城の論文
竹島=独島は日本の「固有領土」か?『飛礫』47号、つぶて書房、2005夏号
朝鮮政府は「竹島一件」の反省から僉使(せんし)張漢相を鬱陵島調査に派遣するな
ど空島政策の見直しに乗りだしました。僉使とは各鎮台に属した従三品の武官職をさしま
す。一行は鬱陵島で綿密な調査をしたようですが、その過程で竹島=独島を望見すること
ができたようでした。張漢相はそれを「鬱陵島事績」に次のように記しました。
東側五里ほどに一つの小さな島があるが、高大ではなく海長竹が一面に叢生している。
雨が晴れ霧の深い日、山には入って中峰に登ると南北の両峰が見上げるばかりに高く向か
い合っているがこれを三峰という。
西側を眺めると大関嶺のくねくねとした姿が見え、東側を眺めると海の中に一つの島
がみえるが、はるかに辰方に位置して、その大きさは蔚島の三分の一未満で(距離は)三
百余里に過ぎない。
張は、辰方(東南東)にある島までの距離を三百余(朝鮮)里、百二十キロメートル
としましたが、鬱陵島と竹島=独島間の実際の距離は九十二キロです。ちなみにその距離
は、後述の島根県伺書では四十里、百六十キロとされました。当時の水準で「鬱陵島事
績」の距離感はむしろ当っているほうでした。
一方、島の大きさは鬱陵島の三分の一未満と書かれていますが、実際は三百分の一な
ので、張漢相は竹島=独島をかなり大きく見ていたことになります。島の大きさは違って
も、東南東の方向というと竹島=独島しかないので「鬱陵島事績」に記された島が竹島=
独島であることはまちがいないようです。<引用おわり
++
雨が晴れ霧の深い日、山には入って中峰に登ると、つまり霧が立ち込めている中で島が見えた、これでは竹嶼が見えても距離感も大きさも判断できません、ましてリヤンコ島なんかは霧の中では絶対みえませんよ、ここで100歩ゆづっても、張漢相調査団がリヤンコ島を望見出来ても、島に上陸して調査もしてはいないので領有根拠にはなりませんね、
これは メッセージ 8215 (ninnikumanx さん)への返信です.
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