安龍福の「于山」は日本領だった
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/12/02 19:02 投稿番号: [8193 / 9207]
http://www.mars.dti.ne.jp/~ugazin/back_no/zizi_02.html
1693年(元禄6年)、またもや朝鮮人が多数上陸して漁をしていたため、その頭目と思われる2名を連れ帰る。1名はアンビシュンという名前だった。宗対馬守は2名を朝鮮政府に引き渡すとともに、『竹島』=「鬱陵島」に朝鮮漁民が侵入することを禁ずる旨を通告した。これに対し朝鮮側は謝罪し、両名を処罰することを伝えてきた。<引用おわり
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1693年、朝鮮政府は「鬱陵島」に朝鮮漁民が侵入した件に関し日本側に謝罪した、つまり朝鮮側はこの時点では「鬱陵島」日本領土と認めていたのです、ちなみに明清の中国地図でも「竹島」日本領としています、安龍福が「于山」は朝鮮領土だと倭人漁民達にいったそうだが、それはあくまでも個人的な意見ですね、この時点では、まぎれもなく「于山国」は日本領土だったのです、中国も朝鮮も日本もそのように認識していたのです。
これは メッセージ 8175 (ninnikumanx さん)への返信です.
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