林羅山が「本朝地理志略」(1643年)で竹島
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/11/28 17:00 投稿番号: [8177 / 9207]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15202
東国文献備考(1770年)に次のとおりです。
①興地志に云う
②蔚陵、于山皆干山国の地
③于山は即ち倭の所謂松島なり
韓国領有派は、③が「興地志」(1656年)に掲載されていたと主張しています。
しかし、林羅山が「本朝地理志略」(1643年)で「隠岐の海上に竹島有り」と朝鮮に伝えています(no10197)から、「于山は即ち倭の所謂松島なり」よりも重要な情報である「蔚陵は即ち倭の所謂竹島なり」も「興地志」(1656年)に掲載されていたと推定するのは合理性があります。この比較的重要性は竹島一件が一段落した1770年でも同じです。なぜなら、朝鮮は「竹島は朝鮮領である」との言質を日本から得ていないからです。
とするならば、東国文献備考(1770年)に「蔚陵は即ち倭の所謂竹島なり」を転記しなかった理由の解明が必要です。この理由が判明するまでは、「于山は即ち倭の所謂松島なり」は「興地志」ではなく安龍福がもたらした情報であるとの仮説を否定することはできません。<引用おわり
++
林羅山が「本朝地理志略」(1643年)で「隠岐の海上に竹島有り」と朝鮮に伝えています・・これは大変重大な事です、なぜなら
朝鮮がこれを否定しなければ、是認した事になるからです、それに「興地志」(1656年)以前の1643年だからです、つまり竹島日本領を「興地志」で否定しなければ松島は日本領になるからです。
これは メッセージ 8176 (ninnikumanx さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1za1vcddega1wa4offckdc8gmada4nnneza4ga49_1/8177.html