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隠岐の島町が「竹島の石」展示

投稿者: deatherto 投稿日時: 2006/07/21 20:59 投稿番号: [7865 / 9207]
>松田和久町長は「竹島資料館の建設を国に要望しており、そのための資料としても生かしたい」としている。





隠岐の島町が「竹島の石」展示
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=797747006

役場ロビーに常設展示された「竹島の石」=島根県隠岐の島町城北町
  1935年ごろ、竹島(韓国名・独島)でアシカ漁をしていた島根県・隠岐島後の漁業者が持ち帰った「竹島の石」があることが分かり、隠岐の島町が20日、役場ロビーで常設展示を始めた。竹島と隠岐の深いつながりを示す歴史の証拠を、来庁した町民らが興味深げにながめている。

  持ち帰ったのは、隠岐島後久見の故橋岡忠重さん。当時、竹島でアシカ漁に従事し、捕獲したアシカは大阪のサーカスや動物園に販売していた。

  竹島の石は、隠岐島後に持ち帰られると、橋岡さんから61年ごろに譲り受けたおいの無職脇田茂さん(84)=同町久見=が、自宅の庭石として使っていた。火山岩の一種の流紋岩で、縦40センチ、横83センチ、重さは58キロある。

  脇田さん宅に竹島の石があることは久見では知られていた事実だった。同町が5月下旬、久見住民と意見交換会を持つ中で石の存在を知り、竹島問題への意識啓発に役立つとして役場ロビーへの展示を思いつき、脇田さんから寄贈を受けた。

  松田和久町長は「竹島資料館の建設を国に要望しており、そのための資料としても生かしたい」としている。

  隠岐島後の島民による竹島でのアシカ漁は竹島が閣議決定で日本に編入される05年の2年前から、故中井養三郎さんによって始められ、戦争が激化する41年まで続けられた。

('06/07/21 )
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