李成桂は 1392年朝鮮王朝を建国
投稿者: okinawatorafu2005 投稿日時: 2006/06/22 11:35 投稿番号: [7525 / 9207]
http://www.han.org/a/half-moon/hm090.htm
引用:
于山国の歴史、太宗実録
LYCOS掲示板「竹島(=独島)の帰属問題」#2187
2002.6.24
前回書いたように、倭寇討伐などで英雄になった李成桂は 1392年、高麗
王朝にかわり朝鮮王朝を建国しました。そのころになると倭寇の勢力もだいぶ
弱まりましたが、消滅したわけではありませんでした。
それから11年後の1403年、3代目の太宗は倭寇を警戒、江原道観察使の
建議をいれ「武陵島居民」に島を出て本土に移るよう命令をだしました。武陵
島とは鬱陵島をさします。
しかし、この命令はどこまで徹底したのか疑問でした。1412年、太宗は鬱
陵島の実情調査を命じたところ、江原道観察使は「流山國島人 白加勿等十二
名が江原道高城於羅津にやって来て、自分たちはもともと武陵で生長したが、
その島には今11戸60名が住んでいると告げた」ことなどを報告しました
(注1)。流山(ユサン)国とは、新羅時代の于山(ウサン)国の名が転訛し
たものです。
政府は、白加勿たちが武陵島に逃げ帰ることをおそれ、かれらを通州など
に分けて居住させ、空島方針を堅持しました。1416年、空島方針は下記のよう
に政策として確立されました(注2)。
これは メッセージ 7524 (okinawatorafu2005 さん)への返信です.
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