竹島問題、何が問題か 下條正男教授
投稿者: y_scale2002 投稿日時: 2006/05/25 22:03 投稿番号: [7237 / 9207]
竹島問題、何が問題か
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-366.html
下條正男 拓殖大学教授
浮上した〝海底地名問題〟。しかし、その根底には竹島問題がある。戦後、日本の領土を侵略したのは、韓国―この歴史認識に立って毅然とした対応をすべきだ
韓国に領土問題を認めさせた島根県
二〇〇五年三月一六日、島根県議会は二月二二日を「竹島の日」とする条例を制定した。一
韓国に領土問題を認めさせた島根県
二〇〇五年三月一六日、島根県議会は二月二二日を「竹島の日」とする条例を制定した。一九〇五年に竹島が島根県に編入され、昨年は百周年に当たっていたからだ。
その「竹島の日」制定から一年、竹島問題に対する内外の関心は高まり、二〇〇六年四月二五日には、韓国の盧武鉉大統領自ら「大統領談話」を発表し、竹島問題は「単純に小さな島に対する領有権の問題ではなく、日本との関係において誤った歴史の清算と完全な主権確立を象徴する問題」とする見解を示した。
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一九五四年九月、竹島を不法占拠して五十余年、日韓の間に領土問題は存在しないと嘯いてきた韓国政府がその存在を認め、日本側に対しては断固たる態度で臨むと宣言したのだ。盧武鉉大統領の談話は、拉致問題はないとしてきた北朝鮮が拉致を認めたのと同じく、画期的な出来事だったのである。
だが「竹島の日」条例に批判的であった日本政府は、この事態を正確に捉えていない。そればかりか竹島問題から派生した昨年四月の中国各地での反日暴動、ロシアが北方領土問題に竹島問題を利用している事実にも対処できなかった。
せっかく島根県議会が韓国側に領土問題の存在を認めさせたというのに、日本外交は千載一遇のチャンスを活かせずにいる。この日本の現状は、竹島問題よりも遥かに憂慮すべき事態である。
領土を奪われ続けた日本の戦後史
では竹島問題とは、どのような問題なのか。戦後、アジアにおける日本の立場は逆転した。近隣諸国によって日本の国土が奪われ、今も主権が侵され続けているからだ。
終戦直後の一九四五年八月一八日、「日ソ中立条約」を結んでいたソ連によって千島列島が侵され、北方四島も奪われた。その七年後の一九五二年一月一八日、今度は韓国政府が公海上に「李承晩ライン」を引いて海洋主権を主張し、その中に竹島を含めたのである。
竹島の場合は、「講和条約」の草案作成の過程で日本領になることが決っていた。それを嫌った李承晩政権は、日本が国際社会に復帰する前に、竹島を自国
の領土としてしまったのである。
戦後の日韓関係は、「李承晩ライン」と「竹島問題」で大きく歪められ、近年の歴史問題にも影を落としている。特に竹島問題は、一九六五年の日韓の国交正常化とともに消滅した「李承晩ライン」とは違い、今も日韓の和合を妨げている。
だがこの日韓関係の根幹ともいえる竹島問題に対して、日本政府は冷淡であった。不法占拠されて五〇年余、拉致問題と同様、日本政府は放置してきた。それも過去に何度も解決の機会が訪れていたが、日本政府は問題の先送りをしてきた。そしてその状況は、今も変わらない。
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-366.html
下條正男 拓殖大学教授
浮上した〝海底地名問題〟。しかし、その根底には竹島問題がある。戦後、日本の領土を侵略したのは、韓国―この歴史認識に立って毅然とした対応をすべきだ
韓国に領土問題を認めさせた島根県
二〇〇五年三月一六日、島根県議会は二月二二日を「竹島の日」とする条例を制定した。一
韓国に領土問題を認めさせた島根県
二〇〇五年三月一六日、島根県議会は二月二二日を「竹島の日」とする条例を制定した。一九〇五年に竹島が島根県に編入され、昨年は百周年に当たっていたからだ。
その「竹島の日」制定から一年、竹島問題に対する内外の関心は高まり、二〇〇六年四月二五日には、韓国の盧武鉉大統領自ら「大統領談話」を発表し、竹島問題は「単純に小さな島に対する領有権の問題ではなく、日本との関係において誤った歴史の清算と完全な主権確立を象徴する問題」とする見解を示した。
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一九五四年九月、竹島を不法占拠して五十余年、日韓の間に領土問題は存在しないと嘯いてきた韓国政府がその存在を認め、日本側に対しては断固たる態度で臨むと宣言したのだ。盧武鉉大統領の談話は、拉致問題はないとしてきた北朝鮮が拉致を認めたのと同じく、画期的な出来事だったのである。
だが「竹島の日」条例に批判的であった日本政府は、この事態を正確に捉えていない。そればかりか竹島問題から派生した昨年四月の中国各地での反日暴動、ロシアが北方領土問題に竹島問題を利用している事実にも対処できなかった。
せっかく島根県議会が韓国側に領土問題の存在を認めさせたというのに、日本外交は千載一遇のチャンスを活かせずにいる。この日本の現状は、竹島問題よりも遥かに憂慮すべき事態である。
領土を奪われ続けた日本の戦後史
では竹島問題とは、どのような問題なのか。戦後、アジアにおける日本の立場は逆転した。近隣諸国によって日本の国土が奪われ、今も主権が侵され続けているからだ。
終戦直後の一九四五年八月一八日、「日ソ中立条約」を結んでいたソ連によって千島列島が侵され、北方四島も奪われた。その七年後の一九五二年一月一八日、今度は韓国政府が公海上に「李承晩ライン」を引いて海洋主権を主張し、その中に竹島を含めたのである。
竹島の場合は、「講和条約」の草案作成の過程で日本領になることが決っていた。それを嫌った李承晩政権は、日本が国際社会に復帰する前に、竹島を自国
の領土としてしまったのである。
戦後の日韓関係は、「李承晩ライン」と「竹島問題」で大きく歪められ、近年の歴史問題にも影を落としている。特に竹島問題は、一九六五年の日韓の国交正常化とともに消滅した「李承晩ライン」とは違い、今も日韓の和合を妨げている。
だがこの日韓関係の根幹ともいえる竹島問題に対して、日本政府は冷淡であった。不法占拠されて五〇年余、拉致問題と同様、日本政府は放置してきた。それも過去に何度も解決の機会が訪れていたが、日本政府は問題の先送りをしてきた。そしてその状況は、今も変わらない。
これは メッセージ 7236 (y_scale2002 さん)への返信です.
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