竹島領有権問題について 石破 茂
投稿者: archiver_mag2001 投稿日時: 2006/05/17 14:09 投稿番号: [7162 / 9207]
竹島領有権問題について 石破
茂
http://www.jimin.jp/jimin/info/takeshima/index.html
平成18年5月16日
自民党 領土に関する特別委員会
委員長 石破 茂
【竹島の概要】
竹島は、隠岐諸島の北西約157km、北緯37度14分、東経131度52分に位置し、現在は島根県隠岐の島町に属す。
高さ157mの西島と、それよりやや低く小さい東島、及び数十の岩礁からなり、総面積は23万m2で日比谷公園とほぼ同じ、東京ドーム約5つ分。
島根県松江市から北北東方向に約70kmで隠岐諸島、隠岐諸島から北西方向に約157km、松江市から直線距離で約220kmの位置に竹島が存在する。さらに西北西方向約92kmに、韓国領である鬱陵島(うつりょうとう、ウルルンド)があり、韓国東沿岸の蔚珍(ウルチン)までは約140kmである。
飲料水が乏しく居住するには困難が伴うが、周辺海域一帯は南からの対馬暖流と北からのリマン寒流の接点になっており、魚介藻類の種類・数量ともに豊富な好漁場として知られる。
島根県は竹島の県編入100周年を機に、2005年3月「竹島の日」条例を制定。啓発事業の一環として竹島の領有権問題の現状を把握するため、「竹島問題研究会」を発足させ、歴史・国際法の観点からの検証を重ねた上で、2006年度末に最終報告が提出される予定。
(注) 島根県条例第36号(公布日/平成17年3月25日)
「竹島の日を定める条例」
(趣旨)
第1条 県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、竹島の日を定める。
(竹島の日)
第2条 竹島の日は、2月22日とする。
(県の責務)
第3条 県は、竹島の日の趣旨にふさわしい取組を推進するため、必要な施策を講ずるよう努めるものとする。
附則
この条例は、公布の日から施行する。
【紛争の発端――韓国の「海洋主権宣言」】
日本政府は1905(明治38)年1月28日の閣議において島名を「竹島」とし、本邦所属・島根県隠岐島司の所管と決定し、島根県知事が2月22日この旨公示した。
今日の竹島をめぐる問題は、第2次大戦後独立を回復した韓国が、1951(昭和26)年9月に対日平和条約が調印され日本の主権回復が確実となった際、同条約が発効する1952(昭和27)年4月28日直前の1月18日、「大韓民国隣接海洋の主権に関する李承晩大統領の宣言」を行い、竹島を含む水域に一方的な主権宣言を行い、いわゆる「李承晩ライン」を設定たことに端を発している(「李ライン」は日韓基本条約が締結された1965年6月22日まで継続。ライン設定前後から拿捕された日本漁船328隻、抑留された船員3929人、死傷者44人)。
その後両国は「口上書」の応酬により互いの主張を繰り返す。1965(昭和40)年日韓国交正常化交渉が妥結し、「日韓基本関係条約」に調印がなされ、竹島問題については「日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文」を取り交わしたが、竹島問題は解決しなかった。
1994年に発効した国連海洋法条約に関する議論を契機として、排他的経済水域(EEZ)の基点をめぐり同問題が再燃。それまでも竹島における不法占拠の状態を強化してきた韓国は1996年、竹島に接岸施設の建設を開始。
日韓両政府は1996年3月の日韓首脳会談(橋本総理+金泳三大統領)の際、両国首脳間で、EEZの境界画定や漁業交渉を領有権問題と切り離して促進することとした。その後EEZの境界画定の交渉を行ったが、双方の立場の隔たりが大きく、合意が早期に得られる見通しがなかったことから、漁業問題の早急かつ実際的な解決のため漁業協定のみを締結(99年1月発効)。同協定の附属書Ⅰにて、EEZの早急な境界画定のため誠意をもって交渉を継続することで合意している。
竹島及びその領海は暫定水域とされた区画には位置しているが、日韓漁業協定の適用水域はEEZのみであって、双方の領海は含まれないため、竹島の領海も暫定水域として扱ってはいない。
わが国漁船は竹島に近づくことができず、竹島領海内での操業もできない状況にある。
日本国内で同問題の風化傾向を危惧した島根県議会が、2005年議員提案による「竹島の日条例」を制定したことに、韓国側は強く反発。盧武鉉大統領は直属の機関(「東北アジア平和のための正しい歴史定立企画団」)を発足させ、広報活動を活発化。2005年6月に英文による「独島・6世紀以来韓国の領土」を発表。世界にその主張の正統性を広くアピールしている。
http://www.jimin.jp/jimin/info/takeshima/index.html
平成18年5月16日
自民党 領土に関する特別委員会
委員長 石破 茂
【竹島の概要】
竹島は、隠岐諸島の北西約157km、北緯37度14分、東経131度52分に位置し、現在は島根県隠岐の島町に属す。
高さ157mの西島と、それよりやや低く小さい東島、及び数十の岩礁からなり、総面積は23万m2で日比谷公園とほぼ同じ、東京ドーム約5つ分。
島根県松江市から北北東方向に約70kmで隠岐諸島、隠岐諸島から北西方向に約157km、松江市から直線距離で約220kmの位置に竹島が存在する。さらに西北西方向約92kmに、韓国領である鬱陵島(うつりょうとう、ウルルンド)があり、韓国東沿岸の蔚珍(ウルチン)までは約140kmである。
飲料水が乏しく居住するには困難が伴うが、周辺海域一帯は南からの対馬暖流と北からのリマン寒流の接点になっており、魚介藻類の種類・数量ともに豊富な好漁場として知られる。
島根県は竹島の県編入100周年を機に、2005年3月「竹島の日」条例を制定。啓発事業の一環として竹島の領有権問題の現状を把握するため、「竹島問題研究会」を発足させ、歴史・国際法の観点からの検証を重ねた上で、2006年度末に最終報告が提出される予定。
(注) 島根県条例第36号(公布日/平成17年3月25日)
「竹島の日を定める条例」
(趣旨)
第1条 県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、竹島の日を定める。
(竹島の日)
第2条 竹島の日は、2月22日とする。
(県の責務)
第3条 県は、竹島の日の趣旨にふさわしい取組を推進するため、必要な施策を講ずるよう努めるものとする。
附則
この条例は、公布の日から施行する。
【紛争の発端――韓国の「海洋主権宣言」】
日本政府は1905(明治38)年1月28日の閣議において島名を「竹島」とし、本邦所属・島根県隠岐島司の所管と決定し、島根県知事が2月22日この旨公示した。
今日の竹島をめぐる問題は、第2次大戦後独立を回復した韓国が、1951(昭和26)年9月に対日平和条約が調印され日本の主権回復が確実となった際、同条約が発効する1952(昭和27)年4月28日直前の1月18日、「大韓民国隣接海洋の主権に関する李承晩大統領の宣言」を行い、竹島を含む水域に一方的な主権宣言を行い、いわゆる「李承晩ライン」を設定たことに端を発している(「李ライン」は日韓基本条約が締結された1965年6月22日まで継続。ライン設定前後から拿捕された日本漁船328隻、抑留された船員3929人、死傷者44人)。
その後両国は「口上書」の応酬により互いの主張を繰り返す。1965(昭和40)年日韓国交正常化交渉が妥結し、「日韓基本関係条約」に調印がなされ、竹島問題については「日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文」を取り交わしたが、竹島問題は解決しなかった。
1994年に発効した国連海洋法条約に関する議論を契機として、排他的経済水域(EEZ)の基点をめぐり同問題が再燃。それまでも竹島における不法占拠の状態を強化してきた韓国は1996年、竹島に接岸施設の建設を開始。
日韓両政府は1996年3月の日韓首脳会談(橋本総理+金泳三大統領)の際、両国首脳間で、EEZの境界画定や漁業交渉を領有権問題と切り離して促進することとした。その後EEZの境界画定の交渉を行ったが、双方の立場の隔たりが大きく、合意が早期に得られる見通しがなかったことから、漁業問題の早急かつ実際的な解決のため漁業協定のみを締結(99年1月発効)。同協定の附属書Ⅰにて、EEZの早急な境界画定のため誠意をもって交渉を継続することで合意している。
竹島及びその領海は暫定水域とされた区画には位置しているが、日韓漁業協定の適用水域はEEZのみであって、双方の領海は含まれないため、竹島の領海も暫定水域として扱ってはいない。
わが国漁船は竹島に近づくことができず、竹島領海内での操業もできない状況にある。
日本国内で同問題の風化傾向を危惧した島根県議会が、2005年議員提案による「竹島の日条例」を制定したことに、韓国側は強く反発。盧武鉉大統領は直属の機関(「東北アジア平和のための正しい歴史定立企画団」)を発足させ、広報活動を活発化。2005年6月に英文による「独島・6世紀以来韓国の領土」を発表。世界にその主張の正統性を広くアピールしている。
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