「竹島は日本固有の領土であることは明白」
投稿者: ken_kan_ryu_2005 投稿日時: 2006/02/24 00:04 投稿番号: [5995 / 9207]
「竹島は日本固有の領土であることは明白」
竹島の日イベント「竹島を考えるフォーラム」
国会図書館の塚本孝参事
県の竹島問題研究会で国会図書館の塚本孝参事が来. 県、国際法の観点から竹島帰属の 正当性を述べ、県条例. 「竹島の日」制定を高く評価した
http://www.takeshima-wo-mamorukai.com/PDF/takeshimav6b.pdf
摩擦を恐れず主張せよ
『中央公論』(2004年10月号)
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/archives/2005/04/post_332.html
国立国会図書館の塚本孝参事は「領土の最終決定は、平和条約によるのが国際法の原則」
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/106193006.html
塚本孝氏の(平和条約と竹島「再論」1994年3月号)によっ
てみると、次の通りです。
┌──────────
1946年1月29日、GHQの「訓令第677号」で、日本の領土から一時
除外されていた竹島は、同年6月22日、日本列島と朝鮮半島の間に引かれた
「マッカサーライン」でも朝鮮に属していた。そのため、最初の講話条約の草
案でも、竹島は朝鮮領の中に含められていました。
それが、1949年11月14日、日本側の要請を受けたシーボルト駐日政治
顧問が米国国務省に対し「竹島は元々日本の領土だった」と提言したことから
草案の書き換えが行われました。
最初の草案では「日本から除外される地域として済洲島・竹島・鬱陵島」とさ
れていたものが、新しい草案では「日本から除外される地域として済洲島・巨
文島・鬱陵島」と変更され、竹島は朝鮮領から除外されたのです。
└──────────
**********************
竹島、独島 主張平行線 松江でフォーラム
講師の話に傾聴する「竹島を考えるフォーラム」参加者=22日、松江市の県民会館
「歴史、地理学的にも国際法上からも竹島は日本固有の領土であることは明白」。参加者の発言に会場は拍手に包まれる。会場の外で「独島は元々韓国の領土だ」と日本語で書いた紙を報道陣に見せ、「抗議するために来た」と息巻く韓国の市民団体の代表。島根県が条例施行後初めて迎えた「竹島の日」の二十二日、啓発イベントが開かれた松江市殿町の県民会館周辺は会場の内と外で対照的なアピールが繰り広げられ、領土問題の根深さをうかがわせた。
竹島の日の式典と記念フォーラムが開かれた県民会館大会議室前では、混乱回避のため金属探知機による来場者のボディーチェックが行われ、物々しい雰囲気。一般市民や行政、議会関係者合わせて約二百三十人が参加した。
式典に続いて開かれたフォーラムで、国立国会図書館の塚本孝参事は「国際法・外交文書からみる竹島問題」と題して解説。十七世紀の江戸時代に米子の大谷、村川家が幕府の許可を得て竹島の九十キロ先の鬱陵島でアワビやワカメを採取していたことや、鳥取藩の地図が残っていることに触れた。
さらに、一九〇五年に閣議決定を受けて竹島の島根県編入を公示したことは国際法上の先占(国家が領有意思を持って無主の土地を実効的に占有する)だとして「日本の領土になったといえる」と述べた。
その後、第二次大戦で敗戦しポツダム宣言を受諾したことで日本の領土ではなくなる可能性があったが、一九四九年末に駐日米政治顧問が「竹島の領土主張は古く正当であると思われる」と指摘し、竹島がサンフランシスコ平和条約草案の朝鮮放棄条項から削除されたことを紹介。
五一年に韓国大使が米国側に修正要求したが、米国側は外交文書で「竹島は日本領」と要求を拒否したとして「歴史上は日本の領土であると画定したと申し上げて間違いない」と言明した。
竹島問題研究会メンバーの谷口博繁・鳥取県立博物館長は「鳥取藩政史料からみた竹島問題」と題して発表。十七世紀末に二度にわたって来藩し、韓国側では鬱陵島と竹島を朝鮮領と認めさせた英雄とされている安龍福について「朝鮮王朝の歴史書に記された安龍福の功績は、鳥取藩の史料からは事実とは認められない」と述べた。
参加した松江市春日町、島根大学法文学部四年、今井ゆりさん(21)は「韓国が主張する歴史史料を研究すると、原本が存在せず、抜粋や恣意(しい)的な解釈が見られる」とした上で「このまま日韓で議論をしていても平行線なので、国際司法裁判所に提訴して決着をつけるしかないのでは」と話していた。
竹島の日イベント「竹島を考えるフォーラム」
国会図書館の塚本孝参事
県の竹島問題研究会で国会図書館の塚本孝参事が来. 県、国際法の観点から竹島帰属の 正当性を述べ、県条例. 「竹島の日」制定を高く評価した
http://www.takeshima-wo-mamorukai.com/PDF/takeshimav6b.pdf
摩擦を恐れず主張せよ
『中央公論』(2004年10月号)
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/archives/2005/04/post_332.html
国立国会図書館の塚本孝参事は「領土の最終決定は、平和条約によるのが国際法の原則」
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/106193006.html
塚本孝氏の(平和条約と竹島「再論」1994年3月号)によっ
てみると、次の通りです。
┌──────────
1946年1月29日、GHQの「訓令第677号」で、日本の領土から一時
除外されていた竹島は、同年6月22日、日本列島と朝鮮半島の間に引かれた
「マッカサーライン」でも朝鮮に属していた。そのため、最初の講話条約の草
案でも、竹島は朝鮮領の中に含められていました。
それが、1949年11月14日、日本側の要請を受けたシーボルト駐日政治
顧問が米国国務省に対し「竹島は元々日本の領土だった」と提言したことから
草案の書き換えが行われました。
最初の草案では「日本から除外される地域として済洲島・竹島・鬱陵島」とさ
れていたものが、新しい草案では「日本から除外される地域として済洲島・巨
文島・鬱陵島」と変更され、竹島は朝鮮領から除外されたのです。
└──────────
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竹島、独島 主張平行線 松江でフォーラム
講師の話に傾聴する「竹島を考えるフォーラム」参加者=22日、松江市の県民会館
「歴史、地理学的にも国際法上からも竹島は日本固有の領土であることは明白」。参加者の発言に会場は拍手に包まれる。会場の外で「独島は元々韓国の領土だ」と日本語で書いた紙を報道陣に見せ、「抗議するために来た」と息巻く韓国の市民団体の代表。島根県が条例施行後初めて迎えた「竹島の日」の二十二日、啓発イベントが開かれた松江市殿町の県民会館周辺は会場の内と外で対照的なアピールが繰り広げられ、領土問題の根深さをうかがわせた。
竹島の日の式典と記念フォーラムが開かれた県民会館大会議室前では、混乱回避のため金属探知機による来場者のボディーチェックが行われ、物々しい雰囲気。一般市民や行政、議会関係者合わせて約二百三十人が参加した。
式典に続いて開かれたフォーラムで、国立国会図書館の塚本孝参事は「国際法・外交文書からみる竹島問題」と題して解説。十七世紀の江戸時代に米子の大谷、村川家が幕府の許可を得て竹島の九十キロ先の鬱陵島でアワビやワカメを採取していたことや、鳥取藩の地図が残っていることに触れた。
さらに、一九〇五年に閣議決定を受けて竹島の島根県編入を公示したことは国際法上の先占(国家が領有意思を持って無主の土地を実効的に占有する)だとして「日本の領土になったといえる」と述べた。
その後、第二次大戦で敗戦しポツダム宣言を受諾したことで日本の領土ではなくなる可能性があったが、一九四九年末に駐日米政治顧問が「竹島の領土主張は古く正当であると思われる」と指摘し、竹島がサンフランシスコ平和条約草案の朝鮮放棄条項から削除されたことを紹介。
五一年に韓国大使が米国側に修正要求したが、米国側は外交文書で「竹島は日本領」と要求を拒否したとして「歴史上は日本の領土であると画定したと申し上げて間違いない」と言明した。
竹島問題研究会メンバーの谷口博繁・鳥取県立博物館長は「鳥取藩政史料からみた竹島問題」と題して発表。十七世紀末に二度にわたって来藩し、韓国側では鬱陵島と竹島を朝鮮領と認めさせた英雄とされている安龍福について「朝鮮王朝の歴史書に記された安龍福の功績は、鳥取藩の史料からは事実とは認められない」と述べた。
参加した松江市春日町、島根大学法文学部四年、今井ゆりさん(21)は「韓国が主張する歴史史料を研究すると、原本が存在せず、抜粋や恣意(しい)的な解釈が見られる」とした上で「このまま日韓で議論をしていても平行線なので、国際司法裁判所に提訴して決着をつけるしかないのでは」と話していた。
これは メッセージ 1 (scapin_677tx さん)への返信です.
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