「新島」発見その後 フランス 1849年
投稿者: okinawatorafu2005 投稿日時: 2006/02/01 21:35 投稿番号: [5870 / 9207]
明治維新1868年前後、明治政府は松島を見失っていた、そこをフランスにつけこまれた、1849年フランスは新島発見を報じ、リアンクルと命名した、これに対し日本朝鮮は抗議一つしなかった、ここで無主地先占国際法によりフランス領になったのだ
続いて1855年イギリスが同島を再発見報じホーネットと命名し二番手となった
これに対しても日本朝鮮は抗議しなかった、即刻名前をつけたのは、まずツバをつけて先占の布石をしいたのだろう、その後英仏はなぜか実行支配の行為をしなかったために、再び無主地
に成ってしまった、それから50年の月日が流れた1905年、明治政府はリヤンコ島が無主地でいずこの国にも支配されていないのを確認し正式に
日本領域に入れ竹島と命名した。
Trafu:
年代
1787年ダジュレー島
1789年アルゴノート
1840年シーボルト「Takasima I.Argonaute」「Matsusima I.Dagelet」
1849年リヤンコ島(松島)・フランス
1854年アルゴノート島は存在しない・ロシア
1855年ホーネット(松島)・イギリス
1855年ペリー提督
これは メッセージ 5855 (okinawatorafu2005 さん)への返信です.
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