1789年ダジュレー島、1797アルゴノート島
投稿者: okinawatorafu2005 投稿日時: 2006/01/30 17:31 投稿番号: [5855 / 9207]
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/takeshima.html
引用:
時は、天明9(1789)年。日本海を北上中のフランス軍艦が、西方海上から鬱陵島を発見、発見者の名を取って「ダジュレー」島(Dagelet)と命名しました。ついで、寛政9(1797)年、今度はイギリス船が日本海の真ん中で比較的大きな島を発見、船の名を取って「アルゴノート」島(Argonaute)と命名しました。さて、この様にして、英仏人に「発見」された「ダジュレー」・「アルゴノート」二島は、実は双方共に鬱陵島だったのですが、経緯度測距の曖昧さから、別々の島として西欧に認識されてしまったのです。そして、天保11(1840)年、いわゆる「シーボルト事件」で有名なシーボルト(Philip Franz von Siebold)によって刊行された『日本図』に、「ダジュレー」島(日本名「松島」)・「アルゴノート」島(日本名「竹島」:原文では「TAKASIMA」)が日本名を併記した形で収録されたのです。
シーボルト『日本図』による地理的概念
朝鮮本土 ─ 「アルゴノート」島(日本名:竹島) ─ 「ダジュレー」(日本名:松島) ─ 隠岐島 ─ 日本本土
その後、嘉永2(1849)年に、フランス船が一群の小島を発見し、船名を取って「リヤンクール」列岩(Liancourt Rocks)と命名、日本でも「リャンコ」島と呼びました。又、安政元(1854)年、ロシア軍艦も「リヤンクール」列岩を実測し、「メナライ-オリヴツア」列岩(Menalai-Olivtsa)と命名。その際、「アルゴノート」島が実在せず、「ダジュレー」島のみが言われていた経緯度に存在する事を確認したのです。
朝鮮本土 ─ 「ダジュレー」島(日本名:松島) ─ 「リヤンクール」(日本名:リャンコ島) ─ 隠岐島 ─ 日本本土
その後、欧米の海図に収録されている「ダジュレー」島 ── 日本名「松島」が、どうやらかつて「竹島」と呼んでいた鬱陵島である事が判明しました。又、「リャンコ」島 ── かつての「松島」を明確に「日本領」として欧米に認知させる必要から、改めて「日本名」が必要となったのですが、かつての島名「松島」は、既に欧米において「ダジュレー」島(鬱陵島)の日本名として定着していたので、幻の「アルゴノート」島の日本名として認知されていた「竹島」を採用したのです。
朝鮮本土 ─ 松島(鬱陵島)(旧「竹島」) ─ 竹島(旧「松島」) ─ 隠岐島 ─ 日本本土
つまり、かつての「竹島」が「松島」へ、反対に「松島」が「竹島」へと、島名が逆になってしまった訳です。この島名逆転から話がややこしくなり、
韓国の主張、
「竹島」は鬱陵島の事であり、韓国に領有権がある
に理があるかの如く思われる事となってしまったのです。しかし、改めて言います。日本が「領有権」を主張している「竹島」は、かつての「竹島」 ── 鬱陵島の事ではありません。元来、「松島」の名で知られ、島名逆転により「竹島」となってしまった「竹島」です。その意味では、現在、「日本の領土」である「竹島」(旧「松島」)を不法占拠している韓国の行為は、「侵略」に値するものと言えます。日本が国際司法裁判所でシロクロ決着を付けようとの提案をも頑(かたく)なに拒み、やれ、「軍国主義復活」だの「再侵略」だのと明らさまに「反日」を喧伝する韓国の姿勢には、最早、「武断」による解決(自衛隊による防衛出動・実力による奪還)しか残されていない様に思えてなりません。韓国が「歴史教科書」問題で、「正しい歴史認識」を殊更(ことさら)主張するのであれば、尚の事、韓国側も「竹島」問題で、「正しい歴史認識」に則(のっと)って、「日本の領土」である「竹島」への侵略行為について謝罪し、早期返還に応じるべきでは無いでしょうか?
引用:
時は、天明9(1789)年。日本海を北上中のフランス軍艦が、西方海上から鬱陵島を発見、発見者の名を取って「ダジュレー」島(Dagelet)と命名しました。ついで、寛政9(1797)年、今度はイギリス船が日本海の真ん中で比較的大きな島を発見、船の名を取って「アルゴノート」島(Argonaute)と命名しました。さて、この様にして、英仏人に「発見」された「ダジュレー」・「アルゴノート」二島は、実は双方共に鬱陵島だったのですが、経緯度測距の曖昧さから、別々の島として西欧に認識されてしまったのです。そして、天保11(1840)年、いわゆる「シーボルト事件」で有名なシーボルト(Philip Franz von Siebold)によって刊行された『日本図』に、「ダジュレー」島(日本名「松島」)・「アルゴノート」島(日本名「竹島」:原文では「TAKASIMA」)が日本名を併記した形で収録されたのです。
シーボルト『日本図』による地理的概念
朝鮮本土 ─ 「アルゴノート」島(日本名:竹島) ─ 「ダジュレー」(日本名:松島) ─ 隠岐島 ─ 日本本土
その後、嘉永2(1849)年に、フランス船が一群の小島を発見し、船名を取って「リヤンクール」列岩(Liancourt Rocks)と命名、日本でも「リャンコ」島と呼びました。又、安政元(1854)年、ロシア軍艦も「リヤンクール」列岩を実測し、「メナライ-オリヴツア」列岩(Menalai-Olivtsa)と命名。その際、「アルゴノート」島が実在せず、「ダジュレー」島のみが言われていた経緯度に存在する事を確認したのです。
朝鮮本土 ─ 「ダジュレー」島(日本名:松島) ─ 「リヤンクール」(日本名:リャンコ島) ─ 隠岐島 ─ 日本本土
その後、欧米の海図に収録されている「ダジュレー」島 ── 日本名「松島」が、どうやらかつて「竹島」と呼んでいた鬱陵島である事が判明しました。又、「リャンコ」島 ── かつての「松島」を明確に「日本領」として欧米に認知させる必要から、改めて「日本名」が必要となったのですが、かつての島名「松島」は、既に欧米において「ダジュレー」島(鬱陵島)の日本名として定着していたので、幻の「アルゴノート」島の日本名として認知されていた「竹島」を採用したのです。
朝鮮本土 ─ 松島(鬱陵島)(旧「竹島」) ─ 竹島(旧「松島」) ─ 隠岐島 ─ 日本本土
つまり、かつての「竹島」が「松島」へ、反対に「松島」が「竹島」へと、島名が逆になってしまった訳です。この島名逆転から話がややこしくなり、
韓国の主張、
「竹島」は鬱陵島の事であり、韓国に領有権がある
に理があるかの如く思われる事となってしまったのです。しかし、改めて言います。日本が「領有権」を主張している「竹島」は、かつての「竹島」 ── 鬱陵島の事ではありません。元来、「松島」の名で知られ、島名逆転により「竹島」となってしまった「竹島」です。その意味では、現在、「日本の領土」である「竹島」(旧「松島」)を不法占拠している韓国の行為は、「侵略」に値するものと言えます。日本が国際司法裁判所でシロクロ決着を付けようとの提案をも頑(かたく)なに拒み、やれ、「軍国主義復活」だの「再侵略」だのと明らさまに「反日」を喧伝する韓国の姿勢には、最早、「武断」による解決(自衛隊による防衛出動・実力による奪還)しか残されていない様に思えてなりません。韓国が「歴史教科書」問題で、「正しい歴史認識」を殊更(ことさら)主張するのであれば、尚の事、韓国側も「竹島」問題で、「正しい歴史認識」に則(のっと)って、「日本の領土」である「竹島」への侵略行為について謝罪し、早期返還に応じるべきでは無いでしょうか?
これは メッセージ 5838 (okinawatorafu2005 さん)への返信です.
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