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愼教授, 1661年「松島渡海免許」を初申請

投稿者: okinawatorafu2005 投稿日時: 2006/01/23 22:08 投稿番号: [5811 / 9207]
http://www.han.org/a/half-moon/hm101.html#No.741
Q26.(付属島の認識)
   そうであれば、当時 日本の大谷、村川 両家や「渡海免許」に関連した者
たちは獨島が鬱陵島の付属島嶼であることを認知していたのか?

ANS.もちろんである。大谷家と村川家が 1661年「松島渡海免許」を申請
する直前にその申請を論議する過程で 1660年9月5日付の大谷家の亀山庄左衛
門(注1)が村川家の大屋九右衛門に送った手紙に「将来、また来年(1661
年・・・原引用者)より竹島之内松島(鬱陵島内の獨島)へ貴様の舟がお渡り
の筈に御座候」として、「松島渡海免許」を幕府に申請した根拠が、すでに
「竹島(鬱陵島)渡海免許」を1618年に受けたので「鬱陵島内の獨島(竹島之
内松島)」に越境して渡る「松島(獨島)渡海免許」は松島(獨島)が「竹島
(鬱陵島)の内」にある島なので、申請するのがあまりにも当然であることを
明白にした。
   また、このころ6月21日付で大谷家の亀山庄左衛門が村川家の大屋九右衛
門に送った手紙に「竹島近辺松島(鬱陵島に近い周辺の獨島)に渡海の件」と
して、獨島を「鬱陵島に近い周辺の獨島」とみなしたために「竹島(鬱陵島)
渡海免許」を受けた両家は「松島(獨島)渡海免許」も受けるべきと考えてい
たことを表している。
   また、亀山庄左衛門が1660年9月8日付で筆写して村川家に送った手紙に
おいて獨島(松島)にふれ、「竹島近所之小島」(鬱陵島近くの小さな島)に
小舟で渡海する件」として獨島を鬱陵島近くの小さな島、つまり鬱陵島の付属
島嶼と認知した。

(注1)亀山庄左衛門は大谷家の者ではなく、阿部四郎五郎の家臣である。著
者の混同と思われる。また、著者は「松島渡海免許」の存在を信じているが、
これは否定されていることは前回書いたとおりである。
(注2)大屋九右衛門とあるが、これは大谷九右衛門とすべきところを当時の
亀山庄左衛門が書き間違えたと思われる。大谷九右衛門は大谷家の当主。


Trafu:
愼教授によると,大谷家と村川家が 1661年「松島渡海免許」を初申請したと,そうなると1656年の文献の松島記載がますます成立しなくなるぞよ,
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