言いたい放題【金永煕コラム】
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/04/16 02:27 投稿番号: [4921 / 9207]
ドイツと日本の差は文化的なものか、政治的なものか。 ブルマは政治的なものと見ている。 「生まれながら危険な国民はいない。危険な事態があるだけだ。危険な事態は自然の法則や歴史、国民性の結果ではなく、政治形態の結果だ」。
日本の大臣らは政治家だ。 度重なる妄言で、韓国人と中国人の過去の傷に塩を塗る文部科学相と外相も政治家である。 靖国神社参拝を強行し、韓国と中国をずっと刺激することにサディズム的快感を感じる小泉首相は彼らのボスだ。 過去に対する日本の道徳的不感症が政治的な問題だというのに一理あると思われる。 一級戦犯出身で首相を務めた岸信介の孫・安倍晋三がいま、自民党幹事長代理として右翼政治勢力を率いているのを見てもそうだ。
しかし政治を左右するのは政治文化であり、政治文化の土台はその国の文化水準、意識水準、知的水準である。 すべて文化的常識(Cultural
literacy)だ。 マッカーサー将軍は1945年の日本を、精神年齢12歳程度の子どもに例えた。 日本には、ヨーロッパ文明の啓蒙主義的、ヒューマニズム的伝統を受け継ぐゲーテのような人物も、ナチス暴政を避けて海外に亡命したトーマス・マンのような作家もいない。 経済大国の知的後進性が問題である。
日本政治家らの言行を見ると、日本は精神的、文化的、知的発達障害にかかったようだ。 日本は国連安保理常任理事国になる資格を自らはく奪している。 こうした日本を相手に独島(日本名・竹島)と歴史教科書問題をどう解決するのか。 独島は実効的支配を続ければよい。 歴史教科書は、両国の市民社会、特に若いネチズンの交流と対話を広めていけば、日本右翼の偏狭で前時代的な歴史記述は立つ場所を失うはずだ。 日本の右翼が韓流に熱狂する日本女性や若者を見て危機意識を感じるのを見ると、歴史的真実は明確にわれわれの方である。
金永煕(キム・ヨンヒ)国際問題記者
これは メッセージ 4920 (hangyosyufu さん)への返信です.
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