日本はドイツとどこが違うのか
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/04/16 02:26 投稿番号: [4920 / 9207]
ドイツにはすでに多くの場所にユダヤ人関連の記念館がある。 にもかかわらず、ドイツ政府は首都ベルリンの、ソウルでいうと世宗路(セジョンノ)ほどの要地に、ユダヤ人追悼公園を新しく建設している。 ドイツは青少年に、先祖が犯したユダヤ人迫害の真相を教える歴史の勉強を持続的にさせている。
1970年12月、厳しい寒さの中でドイツ首相のビリー・ブラントは、ポーランドの首都ワルシャワの過去のユダヤ人集団居住地(ゲットー)で、膝をついてナチス・ドイツの蛮行を謝罪した。 ドイツ首相ゲルハルト・シュレーダーは最近、ブッヘンバルトのユダヤ人収容所解放60周年を迎え、またユダヤ人犠牲者らとその家族に謝罪した。
ドイツ人の過去の反省は終わりがない。 日常生活の一部であるようだ。 日本人が韓国に向かって、「首相が変わる度に韓国に謝罪しろというのか」と話すのとは対照的である。 東京の銀座や新宿に、強制連行された朝鮮人勤労者や慰安婦、南京大虐殺の犠牲者の霊を慰める追悼碑を一つ建てるのを期待するのは、西から日が昇るのを待つのと同じように見える。
第2次世界大戦当時、ムッソリーニのイタリアとともに、日独伊ファシスト枢軸の悪のパートナーだったドイツと日本は、どこが違うのか。 オランダ言論人イアン・ブルマは、ヒットラーのドイツと昭和天皇の日本が1930年代と40年代にした蛮行を、両国国民がどのように記憶、反省、克服していているかを比較研究した結果を「Wages
of
Guilt」という本に記した。
ブルマは言う。 「19世紀末から日本はドイツをモデルとした。 奇異だが、戦前に日本を魅惑させたもの−プロシア的権威主義、浪漫的民族主義、類似科学的人種主義−が、ドイツでは光を失ったが、日本では相変わらず生きている」。ブルマは、戦後のドイツは軍人精神、人種的純潔性、国家のための犠牲などナチスドイツの残滓を清算しようと最善を尽くしたが、日本はそうでない、と指摘した。 日本がドイツとの同盟に郷愁を覚えるが、ドイツは困惑するという。
これは メッセージ 4919 (hangyosyufu さん)への返信です.
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