于山武陵二島 在襄陽県正東海中
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/03/24 11:33 投稿番号: [2625 / 9207]
于山武陵二島
在県正東海中
二島相距不遠
風日清光明
則可望見
新羅時
称于山国
于山武陵二島
、県の正に東の海中に在り手
二島の相距は遠からず。
風日清光明らかなれば
則ち望見すべし。
新羅の時于山国と称す。
このテキストは「太宗実録」の江原道襄陽県の項にある。この記述には主語がないが、文章が「江原道襄陽県」の地理についてかかれたものだから、主語は「襄陽県」と解釈すべき。
于山、武陵二島は
(襄陽)県の正に東の海中に在り、
二島の相距、遠からず。
風日清光、明らかならば、
則ち(襄陽県から)望見すべし。
新羅の時(この二島は)于山国と称す。
と解釈でき、この記述は鬱陵島とその付属島の竹島(チェク島、日本名「竹島」という岩島とは別の島)の二つについて、江原道襄県から見た記述である。
確かに、いまも江原道サムチェクからは鬱陵島と周辺の小島は「望み見る」ことかができる。しかし、竹島(独島)は見れない。
この解釈は日本側のオリジナルではない。江戸時代、朝鮮では粛宗王のころ鬱陵島の領有が問題になったときに朝鮮側が示したものである。
Okino:
なるほど,在県正東海中が気になっていたが,「江原道襄陽県」から見た記述であったのか,目からうろこが落ちるとはこの事なんだな, shuji5175氏に感謝いたします
これは メッセージ 2483 (shuji5175 さん)への返信です.
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