>大韓帝国に外交権がなかった?♪
投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2005/03/23 00:08 投稿番号: [2415 / 9207]
(1) 竹島領有に関する歴史的な事実
以下のような歴史的事実に照らして、我が国は、遅くとも17世紀半ばには、実効的支配に基づき竹島の領有権を確立していたと考えられ、1905年(明治38年)以降も、閣議決定に基づいて近代国家として竹島を領有する意志を再確認した上で、同島を実効的に支配してきた。
(イ) 日本は古くより竹島(当時の「松島」)を認知していた。このことは多くの文献、地図等により明白である。
(注:経緯線投影の刊行日本図として最も代表的な長久保赤水の「改正日本輿地(ヨチ)路程全図」(1779年)では現在の竹島を位置関係を正しく記載している。その他にも明治に至るまで多数の資料あり。)
(ロ) 江戸時代の初期(1618年)、伯耆藩の大谷、村川両家が幕府から鬱陵島を拝領して渡海免許を受け、毎年、同島に赴いて漁業を行い、アワビを幕府に献上していたが、竹島は鬱陵島渡航への寄港地、漁労地として利用されていた。また、遅くとも1661年には、両家は幕府から竹島を拝領していた。
(ハ) 1696年、鬱陵島周辺の漁業を巡る日韓間の交渉の結果、幕府は鬱陵島への渡航を禁じたが(「竹島一件」)、竹島への渡航は禁じなかった。
(ニ) 日本は1905年(明治38年)、1月の閣議決定に続き、2月の島根県告示により竹島を島根県に編入し、竹島を領有する意思を再確認している。その後、竹島は官有地台帳に掲載され、また、竹島でのアシカ漁は許可制となり、第二次大戦によって1941年(昭和16年)に中止されるまで続けられていた。
(2) 1905年の日本政府による竹島編入の有効性
1905年(明治38年)の、閣議決定及び島根県告示による竹島の島根県への編入措置は、日本政府が近代国家として竹島を領有する意志を再確認したものであり、それ以前に、日本が竹島を領有していなかったこと、ましてや他国が竹島を領有していたことを示すものではなく、また、当時、新聞にも掲載され、秘密裡に行われたものではないなど、有効に実施されたものである。
(注:領土編入措置を外国政府に通告することは国際法上の義務ではない。)
上はご存じ外務省の公式HPのなかの竹島領有に関する記載です。嘘吐きyominokuni56は捏造の名人です。彼のレスを見る時は眉に唾を付けること。それ程汚いことが好きなのですから♪
「注」については時際法を考慮の入れること♪
全くno_mu_hyon_daiou さんの述べられいる通りです♪
これは メッセージ 2313 (no_mu_hyon_daiou さん)への返信です.
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