Re: 日本の司法制度はでたらめ!
投稿者: i_love_japan001948 投稿日時: 2012/12/08 17:09 投稿番号: [17733 / 17759]
>公衆の面前で犯罪が行われ、多くの人にそれが認知され、なおかつ現行犯での逮捕の場合、それのどこに「冤罪」が入り込む余地があるのでしょうか?ここに冤罪を持ち出されても説得力はありませんね?
あくまで被害者側が望んだ場合の「死刑」はそういう人にだけでも適用すればいいと考えています。 あくまで被害者側が望んだ場合の「死刑」はそういう人にだけでも適用すればいいと考えています。
assaraamaaleicomnjpさんのお考えでは、まず間違いのない多くの目撃者のいる中で行われた凶悪犯罪に関しては死刑を適用すべきとのようですが、私はそのような場合でも死刑は廃止すべきと考えます。
死刑制度を考えることは、つきつめれば生命とはなにかを考えることだと思います。生命とは遺伝子の乗り物であり、その本質は生き残っていくことであるため利己的です。そのため人間精神の無意識の根底にあるものは利己的な自我、欲動つまり欲望なのです。そして生物のなかで人間だけが高度な社会性を持つようになりました。その結果として無意識において他者の意味不明な欲望を受け入れてその絶対的な欠如を象徴として他者と交流することで「主体」として社会的存在であるのです。(例
ある『ブランド』という象徴は、自分が根源的に望むものではなく他者のまなざしを通しての自分の欲望をみたすもの)つまり自分が自分で意識していると思いこんでいる自己意識は他者によってつくりだされるものなのです。これは西洋の自律した「主体」と矛盾することと思われるかもしれませんが、人間存在とは常に二律背反的でありアンビバレントなものです。ですから究極的に人間は自分の意思だけで行動しているわけではないのであり。死刑に値するほどの犯罪を犯したとしてもその個人だけの問題で済ましてしまうことはできないと思います。
つまり「死刑」とは、本来社会的なものであるはずの「犯罪」を個人的なものとして処分して、なんの関係のない第三者がただ一時的なカタルシスを得るだけで事件そのものをすぐ忘れてしまうことで事件の背後にあるものを風化させ見えなくさせているだけの前近代的な制度なのです。
♪♪♪♪ホコホコ♪♪♪♪
これは メッセージ 17727 (ass*r*ama*le*comnj* さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/17733.html