何故、国防軍にしなければならないのか
投稿者: celebrity_nihon 投稿日時: 2012/12/05 10:39 投稿番号: [17728 / 17759]
今回の選挙では改憲についても議論されており、その中で「自衛隊を国防軍にする」ことについていろいろな討論がある。
例えば野田総理は「自衛隊を国防軍と名前を変えてミサイルを撃ち込めるようにするのか」とか、社民党などが「日本を戦争が出来る国にするのか」などと発言しているが、現時点で自衛隊は諸外国から見て軍隊であり、仮に自衛隊を自衛軍という言い方に変えたとしても、役割は国土防衛に限られ、改憲後も自衛専門部隊であって今と中身が変わるわけではない。
自民党の改憲案を見ていない人がそこを無視しておかしな発言をする。
中身が変わらないのであれば改憲せず今のままでよいじゃないか、と言う声もあるだろう。ではなぜ名前を変え、軍隊として認識させる必要があるのか。
一番の理由はジュネーブ条約にある。
軍隊と認めることで自衛隊員の人権を守ることが目的なのだ。
ジュネーブ条約では武力闘争時の軍人の扱いなどについて規定されている。戦闘員とはかつては軍人だけであったが改正され、ゲリラなども含まれるようになった。独立を目指す民族紛争や反政府運動なども考慮してのことであろう。
戦争が起これば必ず捕虜が発生する。その捕虜の扱いについて規定されているものだ。
ところが、である。日本の自衛隊は憲法上「軍隊ではない」とされており、世界にも自衛専門の部隊であって軍隊ではないと公言している。だから「JSDF(Japan Self Defence Force)」であって「ARMY」などとは表記されない。かといってゲリラでもない。
もし武力闘争が起きるとすれば中国や朝鮮半島であろう。元々人権がない国だ。
そのような国と戦い、自衛隊員が捕虜になった場合どうなるか。軍隊ではない、つまり戦闘員ではないと公言している以上、彼らが自衛隊員をどう扱おうと、日本は反論する余地すらなくなるのだ。
世界的に見て軍隊であろうとも、法律上、そして政府が違うと言い張るならば自衛隊員は戦闘員ではなくなる。自衛隊員が拷問され虐殺されても何も言えなくなるのだ。特亜ならば平気で虐殺するだろう。
だからこそ、自衛隊員を守るために「軍隊」にする必要があるのだ。我々国民に人権があるように、自衛隊員を守る義務が国にはある。現状ではそれがなく、自衛隊員の立場は極めて不安定な位置にある。軍人と明確にすることで、彼らの命が保証されるのだ。
捕虜を虐待した場合、国際社会から制裁を受ける。いくら特亜でも自衛隊が軍隊であれば捕虜の虐待はおいそれとは出来なくなる。
軍隊にすることに反対という人は、いざというときに我々を命をかけて守ってくれる自衛隊員を嬲り殺しにされても平気なのだろうか?
彼らにとって自衛隊員とは、日本人とは無関係で弾圧すべき対象とでも思っているのだろうか?
なぜ自衛隊員の人権を守ろうとは思わないのだろうか?
言い換えれば、中身が変わらないなら、なぜ「自衛隊」を「国防軍」と名前を変えることに反対なのか?
中身が同じならば文句はないはずである。反対する人にはぜひ、その点について懇切丁寧に説明して貰いたい。
軍隊とすることが自衛隊員の人権を守ることであり、集団的自衛権は国を守るためである。一緒にして論じるのは大きな間違いであるし、そこに作為的な悪意を感じる。
前述の野田総理の発言などは、自民党の改憲案をまるっきり読まずに誹謗中傷しているだけであり、社民党などの言うことも同様だ。戦争放棄を言っている以上、戦争はしないのだ。今と何ら変わりはない。
ただし、集団的自衛権が必要となるのは、日米安保より現実的なのは今後も続くPKOなどの派遣の際だ。自衛隊が行くようなところは政情不安定であるため、いつ何が起きるかわからない。国際社会に協調するためには、そんな政情不安のところにも派遣せざるを得ず、活動できるのは自衛隊以外にあり得ない。しかしその際、目の前で現地人や他の軍隊が戦闘に巻き込まれていたら見捨てるわけにはいかない。つまり戦争をするためではなく、戦闘行為の際に当然の救助をするためにある。戦争と戦闘行為は違う。
こうしたことをわざと混ぜ込んで批判をするのは卑怯と言われても仕方あるまい。
例えば野田総理は「自衛隊を国防軍と名前を変えてミサイルを撃ち込めるようにするのか」とか、社民党などが「日本を戦争が出来る国にするのか」などと発言しているが、現時点で自衛隊は諸外国から見て軍隊であり、仮に自衛隊を自衛軍という言い方に変えたとしても、役割は国土防衛に限られ、改憲後も自衛専門部隊であって今と中身が変わるわけではない。
自民党の改憲案を見ていない人がそこを無視しておかしな発言をする。
中身が変わらないのであれば改憲せず今のままでよいじゃないか、と言う声もあるだろう。ではなぜ名前を変え、軍隊として認識させる必要があるのか。
一番の理由はジュネーブ条約にある。
軍隊と認めることで自衛隊員の人権を守ることが目的なのだ。
ジュネーブ条約では武力闘争時の軍人の扱いなどについて規定されている。戦闘員とはかつては軍人だけであったが改正され、ゲリラなども含まれるようになった。独立を目指す民族紛争や反政府運動なども考慮してのことであろう。
戦争が起これば必ず捕虜が発生する。その捕虜の扱いについて規定されているものだ。
ところが、である。日本の自衛隊は憲法上「軍隊ではない」とされており、世界にも自衛専門の部隊であって軍隊ではないと公言している。だから「JSDF(Japan Self Defence Force)」であって「ARMY」などとは表記されない。かといってゲリラでもない。
もし武力闘争が起きるとすれば中国や朝鮮半島であろう。元々人権がない国だ。
そのような国と戦い、自衛隊員が捕虜になった場合どうなるか。軍隊ではない、つまり戦闘員ではないと公言している以上、彼らが自衛隊員をどう扱おうと、日本は反論する余地すらなくなるのだ。
世界的に見て軍隊であろうとも、法律上、そして政府が違うと言い張るならば自衛隊員は戦闘員ではなくなる。自衛隊員が拷問され虐殺されても何も言えなくなるのだ。特亜ならば平気で虐殺するだろう。
だからこそ、自衛隊員を守るために「軍隊」にする必要があるのだ。我々国民に人権があるように、自衛隊員を守る義務が国にはある。現状ではそれがなく、自衛隊員の立場は極めて不安定な位置にある。軍人と明確にすることで、彼らの命が保証されるのだ。
捕虜を虐待した場合、国際社会から制裁を受ける。いくら特亜でも自衛隊が軍隊であれば捕虜の虐待はおいそれとは出来なくなる。
軍隊にすることに反対という人は、いざというときに我々を命をかけて守ってくれる自衛隊員を嬲り殺しにされても平気なのだろうか?
彼らにとって自衛隊員とは、日本人とは無関係で弾圧すべき対象とでも思っているのだろうか?
なぜ自衛隊員の人権を守ろうとは思わないのだろうか?
言い換えれば、中身が変わらないなら、なぜ「自衛隊」を「国防軍」と名前を変えることに反対なのか?
中身が同じならば文句はないはずである。反対する人にはぜひ、その点について懇切丁寧に説明して貰いたい。
軍隊とすることが自衛隊員の人権を守ることであり、集団的自衛権は国を守るためである。一緒にして論じるのは大きな間違いであるし、そこに作為的な悪意を感じる。
前述の野田総理の発言などは、自民党の改憲案をまるっきり読まずに誹謗中傷しているだけであり、社民党などの言うことも同様だ。戦争放棄を言っている以上、戦争はしないのだ。今と何ら変わりはない。
ただし、集団的自衛権が必要となるのは、日米安保より現実的なのは今後も続くPKOなどの派遣の際だ。自衛隊が行くようなところは政情不安定であるため、いつ何が起きるかわからない。国際社会に協調するためには、そんな政情不安のところにも派遣せざるを得ず、活動できるのは自衛隊以外にあり得ない。しかしその際、目の前で現地人や他の軍隊が戦闘に巻き込まれていたら見捨てるわけにはいかない。つまり戦争をするためではなく、戦闘行為の際に当然の救助をするためにある。戦争と戦闘行為は違う。
こうしたことをわざと混ぜ込んで批判をするのは卑怯と言われても仕方あるまい。
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