終身強制重労働刑に関する補足説明
投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/04/15 23:45 投稿番号: [17480 / 17759]
piazzollajpさん、重ねてのご検証をいただき、ありがとうございます。
拙論をここまで論理的な議論の対象としていただけると、発案した側としては大きな励みになると同時に、こちらも気持ちを引き締めてご対応をさせていただかなくてはならないという前向きの緊張感が漲ります。
今回のご指摘を踏まえて、自分の投稿を読み返してみたところ、表現もしくは論旨について若干の補足説明を加えさせていただかなくてはならない箇所がいくつかあることを認識致しました。
これらはいずれも私の文章表現能力の拙さによるものであり、深くお詫び申しあげますとともに、今回本題に先行して、まずそれらの点についてご説明を差しあげることをお許しくださいますようお願い申しあげます。
●>この考え方が成立するためには、(中略)加害者の「終身強制重労働」による総収入が、少なくとも加害者の生涯にわたる収監費用(全て国庫負担)を上回らなければなりません。(17478)
そのとおりだと思います。
私も、代位給付された損害賠償金については、可能な範囲で回収すればよいとは申しあげました(17474ほか)けれども、受刑者の収監コストまで赤字になってかまわないとは申しあげておりません。
またそのようになることもないと考えております。(詳細後述)
●>要するに、アウシュビッツ強制収容所かシベリア抑留所並みの生活を加害者に生涯課すということでしょうが、
私が17474で申しあげました「終身強制重労働刑」のイメージがかなり情緒的で、具体的なビジョンを欠いたために招いた誤解だと思いますので、説明を加えさせていただきます。
まず、この案の最大目的が強制労働による賠償金原資の回収である以上、アウシュビッツのような絶滅型の収容形態は想定しておりません。
また刑罰労働のあり方としても、塀の中での作業よりは、厳重な監視と拘束の下で、外の世界の労務に従事させる比率のほうが格段に大きくなるはずですし、場合によっては一時的な収容所をそのような作業現場に設置するということもありうるでしょう。
具体的な労務内容としては、労働基準法第62〜63条で言及されている、いわゆる「危険有害業務」の一部や坑内労働等をより厳しい条件で科すことが考えられます。
また、おのずと限定されたものになるとはいえ、今後の法整備の推進によって、対象労務を拡大することはじゅうぶんに可能だと思います。
●>肉体的重労働に長期間耐えるためには、それなりの食事、睡眠、息抜きが必要であることは、医学的、生物学的にも自明です。
全面的にご同意申しあげます。
私が17474で「収容所の環境は(中略)受刑者に安息を与えるようなものであってはならない」と申しあげたのは、通常の教育刑としての懲役刑のような、ある意味手厚く保護された服役環境は認めないということです。
懲役刑受刑者には、(一時的に大きく制限されているとはいえ)間違いなく人権があります。
真摯に罪の償いを続けている受刑者には相応の待遇や恩恵が与えられてしかるべきだと思いますし、将来の社会復帰に向けての彼らの自助努力や自己啓発を国や支えていくことも、将来的には社会全体の利益につながる意義あるものと考えます。
しかしながら、「終身強制重労働刑」の受刑者には、もはやそのような意味での人権はありません。
なぜならば、彼らは本来死刑執行によって死ぬはずだった人間なのですから。
死刑の代替刑罰として科す以上、たとえ生体としての生命の維持を許したとしても、彼らはすでに法的には社会から抹殺された“死者”です。
一般の懲役刑受刑者と同じような人権を認めるのは、被害者遺族はもとより主権者である国民の圧倒的多数が納得しないでしょう。
そして「“死者”に人権はない」とは、このトピックスにも生息しているような“イデオロギー的死刑廃止論者”たちが常日ごろ声高に主張しているところでもあります。
「殺害された被害者よりも生きている加害者の人権のほうを尊重すべきだ」という薄汚い論法は、この種の手合いの代表的な妄言のひとつです。
お話が横道にそれましたけれども、「終身強制重労働刑」の受刑者にも、もちろん必要最小限の食事、睡眠、休息は必要です。
ただし、それは彼らに安息を与えるためであったり、人権保護上の観点からの措置ではありません。
あくまでも「普通の人にはとても耐えられないような、きわめて過酷で危険な環境の下で長時間強制的に働かせる」(17474)条件を整えるためのものです。
以上の点について、補足させていただいたうえで、具体的数値の検証に入りたいと思います。
(つづく)
拙論をここまで論理的な議論の対象としていただけると、発案した側としては大きな励みになると同時に、こちらも気持ちを引き締めてご対応をさせていただかなくてはならないという前向きの緊張感が漲ります。
今回のご指摘を踏まえて、自分の投稿を読み返してみたところ、表現もしくは論旨について若干の補足説明を加えさせていただかなくてはならない箇所がいくつかあることを認識致しました。
これらはいずれも私の文章表現能力の拙さによるものであり、深くお詫び申しあげますとともに、今回本題に先行して、まずそれらの点についてご説明を差しあげることをお許しくださいますようお願い申しあげます。
●>この考え方が成立するためには、(中略)加害者の「終身強制重労働」による総収入が、少なくとも加害者の生涯にわたる収監費用(全て国庫負担)を上回らなければなりません。(17478)
そのとおりだと思います。
私も、代位給付された損害賠償金については、可能な範囲で回収すればよいとは申しあげました(17474ほか)けれども、受刑者の収監コストまで赤字になってかまわないとは申しあげておりません。
またそのようになることもないと考えております。(詳細後述)
●>要するに、アウシュビッツ強制収容所かシベリア抑留所並みの生活を加害者に生涯課すということでしょうが、
私が17474で申しあげました「終身強制重労働刑」のイメージがかなり情緒的で、具体的なビジョンを欠いたために招いた誤解だと思いますので、説明を加えさせていただきます。
まず、この案の最大目的が強制労働による賠償金原資の回収である以上、アウシュビッツのような絶滅型の収容形態は想定しておりません。
また刑罰労働のあり方としても、塀の中での作業よりは、厳重な監視と拘束の下で、外の世界の労務に従事させる比率のほうが格段に大きくなるはずですし、場合によっては一時的な収容所をそのような作業現場に設置するということもありうるでしょう。
具体的な労務内容としては、労働基準法第62〜63条で言及されている、いわゆる「危険有害業務」の一部や坑内労働等をより厳しい条件で科すことが考えられます。
また、おのずと限定されたものになるとはいえ、今後の法整備の推進によって、対象労務を拡大することはじゅうぶんに可能だと思います。
●>肉体的重労働に長期間耐えるためには、それなりの食事、睡眠、息抜きが必要であることは、医学的、生物学的にも自明です。
全面的にご同意申しあげます。
私が17474で「収容所の環境は(中略)受刑者に安息を与えるようなものであってはならない」と申しあげたのは、通常の教育刑としての懲役刑のような、ある意味手厚く保護された服役環境は認めないということです。
懲役刑受刑者には、(一時的に大きく制限されているとはいえ)間違いなく人権があります。
真摯に罪の償いを続けている受刑者には相応の待遇や恩恵が与えられてしかるべきだと思いますし、将来の社会復帰に向けての彼らの自助努力や自己啓発を国や支えていくことも、将来的には社会全体の利益につながる意義あるものと考えます。
しかしながら、「終身強制重労働刑」の受刑者には、もはやそのような意味での人権はありません。
なぜならば、彼らは本来死刑執行によって死ぬはずだった人間なのですから。
死刑の代替刑罰として科す以上、たとえ生体としての生命の維持を許したとしても、彼らはすでに法的には社会から抹殺された“死者”です。
一般の懲役刑受刑者と同じような人権を認めるのは、被害者遺族はもとより主権者である国民の圧倒的多数が納得しないでしょう。
そして「“死者”に人権はない」とは、このトピックスにも生息しているような“イデオロギー的死刑廃止論者”たちが常日ごろ声高に主張しているところでもあります。
「殺害された被害者よりも生きている加害者の人権のほうを尊重すべきだ」という薄汚い論法は、この種の手合いの代表的な妄言のひとつです。
お話が横道にそれましたけれども、「終身強制重労働刑」の受刑者にも、もちろん必要最小限の食事、睡眠、休息は必要です。
ただし、それは彼らに安息を与えるためであったり、人権保護上の観点からの措置ではありません。
あくまでも「普通の人にはとても耐えられないような、きわめて過酷で危険な環境の下で長時間強制的に働かせる」(17474)条件を整えるためのものです。
以上の点について、補足させていただいたうえで、具体的数値の検証に入りたいと思います。
(つづく)
これは メッセージ 17479 (pia**ollaj* さん)への返信です.
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