Re: 民主主義のレトリック
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2011/07/22 15:45 投稿番号: [17044 / 17759]
Steffiさんこんにちは
いつも聡明なご意見をお書きになる方だと感じていましたが、今回はどうしたことか全く私には同意できない部分が多かったです。
>私の意見は、もし近隣の他の自治体や住民がそれを“理不尽”と感じるのであれば、<中略>都道府県議会選挙や国政選挙を通じてその意思を表明するべきであって、よその自治体が合法的に決定したことについて、“理不尽”を感じることではないということです。
こんなこと、これまでに実現できたことがあったでしょうか?
これこそ、「きれいごと」
国民、県民、市民の意見は常に行政(もしくは為政者)の都合によってねじ曲げられ、無視され、反古にされてきたというのがここのところの私の感じるところです。
>各自治体の政策についての評価は、その自治体の有権者の自由な判断に委ねるべき、というのが地方自治の基本理念のひとつだと思います。
あはは・・・・。これは詭弁のたぐいですね。
ただいまの私の興味は、この「為政者」という種族が何者なのか?というところです。
自治体の政策については、その自治体の有権者の影響の及ぶ範囲のことを広範に考えるべきで、ことを矮小化して、一自治体に限定的に区切って決定されたことを他の自治体にまで拡大施行すべきではないことは、このことの方がずっと本来の地方自治の理念とやらの理にかなっていますよ。
>そもそも民主主義という意思決定システム自体が不完全で非効率的なものであり、<中略>それが正当な手続きを踏んだものであるかぎり、“民主主義のコスト”として受け容れるしかないでしょう。
それを否定したら行き着く先は、結局ファシズムになってしまうのですから。
ですから常に流動的であることが必然なのではないでしょうか?
間違えていれば正せばいいのですよ。その都度正せるシステムにかえればいいことではないですか?これを「仕方のないこと」として受け入れるとする硬直した姿勢が、そこかしこで悲劇を生む原因になっているんじゃないでしょうか?
これこそファシズムに近いと思いますが。
>民主主義のもとでは選挙を通じていくらでも政権を替える、つまり権力者から権力を取り上げることができるというきわめて大きなメリットが保証されているのですから、それを最大限に活用しさえすれば、おっしゃるような不都合は相当程度解消できるはずです。
この期に及んで本気でそう思っておいでなのであれば、私には、「おめでたい」としか感じられません。
>国民に完全に自由な選挙権が保障されているにも拘らず、国政選挙・地方選挙とも過去20年以上、投票率が7割にも満たない状況が続いているというわが国の実態を考えれば、せっかくの民主主義を“機能不全”に陥れているのは有権者の意識の低さと言われても仕方ないのではありませんか?
なんでここで「国民」に非があるとなるのかがわかりません。
政治家のめちゃくちゃな国会での茶番劇の裏で、誠実に生きようとしている被害地域の人たちを見たら、彼ら末端の人たちがいかにすばらしい人々であるかがわかります。
やはり、投票率を低くした方が都合のいい人は誰か?とか、それがどういう方法によって行われているのか?ということなどを、真剣に考えた方が、日本をよくする為にはよほど早道のような気が、私にはしますけどね。実際そう考えるとものすごくつじつまが合うような社会現象を見ることはできると思います。
>反対派としてはまさに「なぜ!?」というお気持ちでしょうけれども、ご自分たちが“最大の争点”と位置づけた上で合法的に信を問うた結果である以上、いかにご不満であっても従っていただかなくては困ります。
この発言から、あなたがどの立場からの視線を持っているか?ということがよくわかります。「困る」って、どなたが困るんですか?
都知事選なんか、いろんな要素が渾然としている中で、「原発反対派だけが争点にあげたから、ここが重要だったはずで、これが覆されたから負けを認めるべきだ、従うべきだ」なんて、どうしてこんなくだらない論理が成り立つのか、いっぺんあなたの頭の中を見てみたい。
今までの私はあなたを買いかぶりすぎていたのでしょうか?
それから、私はどらさんとは、捕鯨問題こそ意見を異にしていますが、多くの問題においては、深く同じ意見を共有しているとおもっています。
あなたのご意見にも反論したい場所も多々ありますけれど、どらさんがやらないのであれば、今回は控えておきます。
いつも聡明なご意見をお書きになる方だと感じていましたが、今回はどうしたことか全く私には同意できない部分が多かったです。
>私の意見は、もし近隣の他の自治体や住民がそれを“理不尽”と感じるのであれば、<中略>都道府県議会選挙や国政選挙を通じてその意思を表明するべきであって、よその自治体が合法的に決定したことについて、“理不尽”を感じることではないということです。
こんなこと、これまでに実現できたことがあったでしょうか?
これこそ、「きれいごと」
国民、県民、市民の意見は常に行政(もしくは為政者)の都合によってねじ曲げられ、無視され、反古にされてきたというのがここのところの私の感じるところです。
>各自治体の政策についての評価は、その自治体の有権者の自由な判断に委ねるべき、というのが地方自治の基本理念のひとつだと思います。
あはは・・・・。これは詭弁のたぐいですね。
ただいまの私の興味は、この「為政者」という種族が何者なのか?というところです。
自治体の政策については、その自治体の有権者の影響の及ぶ範囲のことを広範に考えるべきで、ことを矮小化して、一自治体に限定的に区切って決定されたことを他の自治体にまで拡大施行すべきではないことは、このことの方がずっと本来の地方自治の理念とやらの理にかなっていますよ。
>そもそも民主主義という意思決定システム自体が不完全で非効率的なものであり、<中略>それが正当な手続きを踏んだものであるかぎり、“民主主義のコスト”として受け容れるしかないでしょう。
それを否定したら行き着く先は、結局ファシズムになってしまうのですから。
ですから常に流動的であることが必然なのではないでしょうか?
間違えていれば正せばいいのですよ。その都度正せるシステムにかえればいいことではないですか?これを「仕方のないこと」として受け入れるとする硬直した姿勢が、そこかしこで悲劇を生む原因になっているんじゃないでしょうか?
これこそファシズムに近いと思いますが。
>民主主義のもとでは選挙を通じていくらでも政権を替える、つまり権力者から権力を取り上げることができるというきわめて大きなメリットが保証されているのですから、それを最大限に活用しさえすれば、おっしゃるような不都合は相当程度解消できるはずです。
この期に及んで本気でそう思っておいでなのであれば、私には、「おめでたい」としか感じられません。
>国民に完全に自由な選挙権が保障されているにも拘らず、国政選挙・地方選挙とも過去20年以上、投票率が7割にも満たない状況が続いているというわが国の実態を考えれば、せっかくの民主主義を“機能不全”に陥れているのは有権者の意識の低さと言われても仕方ないのではありませんか?
なんでここで「国民」に非があるとなるのかがわかりません。
政治家のめちゃくちゃな国会での茶番劇の裏で、誠実に生きようとしている被害地域の人たちを見たら、彼ら末端の人たちがいかにすばらしい人々であるかがわかります。
やはり、投票率を低くした方が都合のいい人は誰か?とか、それがどういう方法によって行われているのか?ということなどを、真剣に考えた方が、日本をよくする為にはよほど早道のような気が、私にはしますけどね。実際そう考えるとものすごくつじつまが合うような社会現象を見ることはできると思います。
>反対派としてはまさに「なぜ!?」というお気持ちでしょうけれども、ご自分たちが“最大の争点”と位置づけた上で合法的に信を問うた結果である以上、いかにご不満であっても従っていただかなくては困ります。
この発言から、あなたがどの立場からの視線を持っているか?ということがよくわかります。「困る」って、どなたが困るんですか?
都知事選なんか、いろんな要素が渾然としている中で、「原発反対派だけが争点にあげたから、ここが重要だったはずで、これが覆されたから負けを認めるべきだ、従うべきだ」なんて、どうしてこんなくだらない論理が成り立つのか、いっぺんあなたの頭の中を見てみたい。
今までの私はあなたを買いかぶりすぎていたのでしょうか?
それから、私はどらさんとは、捕鯨問題こそ意見を異にしていますが、多くの問題においては、深く同じ意見を共有しているとおもっています。
あなたのご意見にも反論したい場所も多々ありますけれど、どらさんがやらないのであれば、今回は控えておきます。
これは メッセージ 17030 (steffi_10121976 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/17044.html