裁判員裁判、少年死刑判決報道
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2011/01/18 23:50 投稿番号: [16870 / 17759]
★裁判員裁判、少年死刑判決報道
宮城県石巻市で二月に起きた、元交際相手の家に押し入り二人を殺害し一人に重傷を負わせ殺人罪などの罪に問われた少年に、11月25日裁判員裁判で死刑判決が出された。裁判員裁判の死刑判決は二例目。少年では初の死刑判決だった。
判決骨子は
・少年は死刑
・ 永山基準に基づき情状を考察
・ 犯罪性向根深く、他人の痛みや苦しみに対する共感に欠け、異常性やゆが んだ人間性は顕著
・反省に深みがなく更正可能性は低い。
・少年であることは相応の考慮を払うべきだが、死刑回避の決定的事情とは言えない。
・残虐さや被害結果からすれば刑事責任は誠に重大で、極刑しかない
(東京新聞)
記者会見をした二人の裁判員の男性は「涙をこぼし悩み抜いた」「一生悩み続ける」などと苦しそうで裁判の重責が伝わってきた。
裁判員の方々は苦しみ抜いて判決を出したのだが、追い打ちをかけるように少年への死刑判決には批判が多かった。
翌日の死刑判決を伝える新聞を読みながら、裁判員の人たちはどんな思いで判決の批判を聞いているだろうと気になった。それも、裁判員には何の落ち度もないと思えるような批判ばかり目だった。
東京新聞の「提出証拠が不足、十分検討したか」という記事では、裁判所、検事、弁護人に責任のあると思える内容だった。千葉大教授は、「…裁判員に十分な証拠が提出されなかった」と言い、ノンフィクション作家の佐木隆三さんは「少年の更生可能性について十分に検討できたのか。…死刑の基準として永山基準が広く引き合いに出されるが、永山元死刑囚は当時19歳で、起訴から刑の確定まで二十一年もかかっている点が強調されない。少年法が存在する以上、その精神を尊重すべきだ…」。筆洗は「…少年に極刑を下すのに、五日間の審理、三日間の評議は十分だったのか。生育歴の議論は尽くされたか」と疑問をなげかけている。
元家裁調査官で、NPO非行克服支援センターの浅川氏は「少年法の主旨を裁判官が理解し、裁判員に説明している様子が見受けられない。犯行の背景にある生育歴など十分に理解しないまま、大人と同じやり方で審理すべきではない」と言う。別の記事では、少年事件では家裁調査官による少年の詳細な生育歴が作られ、生育歴は重要な証拠だというが、審理時間縮小のためか証拠申請もされなかったという。
仙台地検次席検事は「検察官の主張と立証に理解が得られたと受け止めている。少年に死刑を科すという、極めて重い課題に正面から取り組んだ裁判員に深く敬意を表したい」とコメントしている。私はこの言葉に抵抗を感じた。裁判員の人たちが少年に死刑を科すかも知れないという、極めて重い課題に取り組んでいると本当に理解しているのなら、判決を左右するような重要な証拠を審理の場に出さず大切なことを審理しなかったのなら、それは公正な裁判といえるのだろうか。
今までの裁判では、酷い判決だと言われても自分のこととして考えられなかった。勝手だと思うが、自分が裁判員だったらと考えると、検事や裁判所に都合の良い証拠だけを出して審理され、裁判員はその中で、苦しみ抜いて死刑という被告を殺す判決を出してしまってから、「(審理された)証拠が不足だった」「少年法の主旨を裁判官が説明していない」などと批判されたらどうすればいいのか。しかも一生秘守義務があってどういう審理をしたか語ることもできない。
今回の死刑判決について、中日新聞である検察幹部が「控訴したら裁判員裁判の結果であっても見直しがあるかも知れない」と語っているという。
近年少年の起こす凶悪事件は激減し、過去20年あまりで死刑を求刑された少年は7人、そのうち2人殺害は3人いるという。今回の事件は光市母子殺害事件に次いで死刑判決は二例目なのだという。
検察は今回の事件は光市事件より凶悪だといったそうだが、光市事件では社会が死刑を求めるような過熱ぶりだった。「少年法の主旨」などという識者の談話は見なかった。今回東京新聞は死刑判決に批判一色という感じで、光市事件に比べ社会は少し落ち着きを取り戻したのだろうかとほっとしたが、これが社会の普通な姿だとも思えた。
だが、光市事件の最高裁差し戻し審は、死刑をためらうよりも積極的に押し進めようとしているように感じられた。今回の少年への死刑判決は最高裁の意志を汲んだ流れに思えた。・・・
死刑判決を受けた二事件の少年二人は、豊かな時代に育ちながら生育歴は悲惨だった。・・
http://www.janjanblog.com/archives/25301
宮城県石巻市で二月に起きた、元交際相手の家に押し入り二人を殺害し一人に重傷を負わせ殺人罪などの罪に問われた少年に、11月25日裁判員裁判で死刑判決が出された。裁判員裁判の死刑判決は二例目。少年では初の死刑判決だった。
判決骨子は
・少年は死刑
・ 永山基準に基づき情状を考察
・ 犯罪性向根深く、他人の痛みや苦しみに対する共感に欠け、異常性やゆが んだ人間性は顕著
・反省に深みがなく更正可能性は低い。
・少年であることは相応の考慮を払うべきだが、死刑回避の決定的事情とは言えない。
・残虐さや被害結果からすれば刑事責任は誠に重大で、極刑しかない
(東京新聞)
記者会見をした二人の裁判員の男性は「涙をこぼし悩み抜いた」「一生悩み続ける」などと苦しそうで裁判の重責が伝わってきた。
裁判員の方々は苦しみ抜いて判決を出したのだが、追い打ちをかけるように少年への死刑判決には批判が多かった。
翌日の死刑判決を伝える新聞を読みながら、裁判員の人たちはどんな思いで判決の批判を聞いているだろうと気になった。それも、裁判員には何の落ち度もないと思えるような批判ばかり目だった。
東京新聞の「提出証拠が不足、十分検討したか」という記事では、裁判所、検事、弁護人に責任のあると思える内容だった。千葉大教授は、「…裁判員に十分な証拠が提出されなかった」と言い、ノンフィクション作家の佐木隆三さんは「少年の更生可能性について十分に検討できたのか。…死刑の基準として永山基準が広く引き合いに出されるが、永山元死刑囚は当時19歳で、起訴から刑の確定まで二十一年もかかっている点が強調されない。少年法が存在する以上、その精神を尊重すべきだ…」。筆洗は「…少年に極刑を下すのに、五日間の審理、三日間の評議は十分だったのか。生育歴の議論は尽くされたか」と疑問をなげかけている。
元家裁調査官で、NPO非行克服支援センターの浅川氏は「少年法の主旨を裁判官が理解し、裁判員に説明している様子が見受けられない。犯行の背景にある生育歴など十分に理解しないまま、大人と同じやり方で審理すべきではない」と言う。別の記事では、少年事件では家裁調査官による少年の詳細な生育歴が作られ、生育歴は重要な証拠だというが、審理時間縮小のためか証拠申請もされなかったという。
仙台地検次席検事は「検察官の主張と立証に理解が得られたと受け止めている。少年に死刑を科すという、極めて重い課題に正面から取り組んだ裁判員に深く敬意を表したい」とコメントしている。私はこの言葉に抵抗を感じた。裁判員の人たちが少年に死刑を科すかも知れないという、極めて重い課題に取り組んでいると本当に理解しているのなら、判決を左右するような重要な証拠を審理の場に出さず大切なことを審理しなかったのなら、それは公正な裁判といえるのだろうか。
今までの裁判では、酷い判決だと言われても自分のこととして考えられなかった。勝手だと思うが、自分が裁判員だったらと考えると、検事や裁判所に都合の良い証拠だけを出して審理され、裁判員はその中で、苦しみ抜いて死刑という被告を殺す判決を出してしまってから、「(審理された)証拠が不足だった」「少年法の主旨を裁判官が説明していない」などと批判されたらどうすればいいのか。しかも一生秘守義務があってどういう審理をしたか語ることもできない。
今回の死刑判決について、中日新聞である検察幹部が「控訴したら裁判員裁判の結果であっても見直しがあるかも知れない」と語っているという。
近年少年の起こす凶悪事件は激減し、過去20年あまりで死刑を求刑された少年は7人、そのうち2人殺害は3人いるという。今回の事件は光市母子殺害事件に次いで死刑判決は二例目なのだという。
検察は今回の事件は光市事件より凶悪だといったそうだが、光市事件では社会が死刑を求めるような過熱ぶりだった。「少年法の主旨」などという識者の談話は見なかった。今回東京新聞は死刑判決に批判一色という感じで、光市事件に比べ社会は少し落ち着きを取り戻したのだろうかとほっとしたが、これが社会の普通な姿だとも思えた。
だが、光市事件の最高裁差し戻し審は、死刑をためらうよりも積極的に押し進めようとしているように感じられた。今回の少年への死刑判決は最高裁の意志を汲んだ流れに思えた。・・・
死刑判決を受けた二事件の少年二人は、豊かな時代に育ちながら生育歴は悲惨だった。・・
http://www.janjanblog.com/archives/25301
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/16870.html