Re: 検察のメンツを保つ為処刑された??(1
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/08/04 03:52 投稿番号: [16229 / 17759]
>↓を見ると、【希望の持てる時代】でもまだまだ殺人は多かったですね。
そうですか、私には、終戦直後に生まれた人たちが20歳になった頃 (昭和40年頃) までに治安はかなり良くなっているように見えます。
ところで、少年法と犯罪率減少の関係は無関係、もしくは関連性が薄いということでいいのでしょうか?
>少年時代の犯罪で、親などが子供の問題に気づき、専門家の手を駆りながらでも、養育をやり直すことが出来たなら、少年は「自己肯定感」をもてるようになる。
>親等周囲から自分を大切に思ってもらっていると言う感情が大切。
このことは、ハイそうですか、といって問題が解決するようなモノではないことは、おそらくは多くの人が分かっていると思います。
「あの親、この家庭にしてこの子」というような、いわば格差社会内での悪循環のようなモノが存在しているわけで、今まで何度も出てきましたが、家庭内不介入というようなプライバシーの尊重というような問題も絡んで、行政の関与の加減等、なかなか難しい問題を含んでいると思います。
大事なのは、社会制度の不備によって殺す人も出てくるけれども、殺される人も出てくると言うこと。問われているのは、司法がその中に入ってどういう風に両者の折り合いをつけるか?だと思います。
この先も社会制度が完全な形で整備されると言うことは(有史以来為しえていないわけですから、)おそらくはありませんから、殺人も、その被害者も無くなることはありません。
ですからドラさんのように安易に社会制度の不備を理由にしてその犯した罪の減刑を主張することは(これはすべての犯罪者について当てはまってしまうという意味で)少し違うかなあ(というか無意味)・・と思います。
私の感じていた個人的な元々の問題は、犯罪があり被害者がいて、「死刑制度」があるということの是非を問うていると言うきわめて単純なこと。
◎ 極悪非道な犯罪を犯した(他人の死を持って自分の何らかの欲望を満たした)犯人に対して、同じ人間が「死」を持って償わせることが妥当であるのかそうではないのか?
このことは何度も書くが、理屈ではなくて、判断するそれぞれの人間の培ってきた死生観によると思う。
少年犯罪や、冤罪の問題は問題の本質とは無関係である。
・ ・まずはそのことから冷静に理解し、判断するべきだと思う。
その上で、死刑廃止論者の人は、ただこういえばいいんだ。
「殺された人間や遺族のことなんて知ったことじゃない。私は人間が自分の欲望のために人を殺すことには寛容だが、人間が罰として人間を殺すことには絶対反対である。」・・・と。
話が横道に逸れてはそれこそその本質からはずれてしまう。
>本来は罰より【心の問題】を解決することが、社会の安定ももたらすという事です。
本来こういう問題を単純な二元論で語ることは間違いだと思います。これは刑罰不要論みたいなところに通じますが、実際的には、「法」による刑罰の適用の効果は否定できませんよ。これは明らかな間違った考え方です。ファンタジー世界への思いこみが強すぎるんじゃないかなあ。
自分の心さえコントロールすることが往々にして難しい私の経験では、他人の「心の問題」を解決するのも不可能と思えるくらい難しいと思いますけどねえ。
そうですか、私には、終戦直後に生まれた人たちが20歳になった頃 (昭和40年頃) までに治安はかなり良くなっているように見えます。
ところで、少年法と犯罪率減少の関係は無関係、もしくは関連性が薄いということでいいのでしょうか?
>少年時代の犯罪で、親などが子供の問題に気づき、専門家の手を駆りながらでも、養育をやり直すことが出来たなら、少年は「自己肯定感」をもてるようになる。
>親等周囲から自分を大切に思ってもらっていると言う感情が大切。
このことは、ハイそうですか、といって問題が解決するようなモノではないことは、おそらくは多くの人が分かっていると思います。
「あの親、この家庭にしてこの子」というような、いわば格差社会内での悪循環のようなモノが存在しているわけで、今まで何度も出てきましたが、家庭内不介入というようなプライバシーの尊重というような問題も絡んで、行政の関与の加減等、なかなか難しい問題を含んでいると思います。
大事なのは、社会制度の不備によって殺す人も出てくるけれども、殺される人も出てくると言うこと。問われているのは、司法がその中に入ってどういう風に両者の折り合いをつけるか?だと思います。
この先も社会制度が完全な形で整備されると言うことは(有史以来為しえていないわけですから、)おそらくはありませんから、殺人も、その被害者も無くなることはありません。
ですからドラさんのように安易に社会制度の不備を理由にしてその犯した罪の減刑を主張することは(これはすべての犯罪者について当てはまってしまうという意味で)少し違うかなあ(というか無意味)・・と思います。
私の感じていた個人的な元々の問題は、犯罪があり被害者がいて、「死刑制度」があるということの是非を問うていると言うきわめて単純なこと。
◎ 極悪非道な犯罪を犯した(他人の死を持って自分の何らかの欲望を満たした)犯人に対して、同じ人間が「死」を持って償わせることが妥当であるのかそうではないのか?
このことは何度も書くが、理屈ではなくて、判断するそれぞれの人間の培ってきた死生観によると思う。
少年犯罪や、冤罪の問題は問題の本質とは無関係である。
・ ・まずはそのことから冷静に理解し、判断するべきだと思う。
その上で、死刑廃止論者の人は、ただこういえばいいんだ。
「殺された人間や遺族のことなんて知ったことじゃない。私は人間が自分の欲望のために人を殺すことには寛容だが、人間が罰として人間を殺すことには絶対反対である。」・・・と。
話が横道に逸れてはそれこそその本質からはずれてしまう。
>本来は罰より【心の問題】を解決することが、社会の安定ももたらすという事です。
本来こういう問題を単純な二元論で語ることは間違いだと思います。これは刑罰不要論みたいなところに通じますが、実際的には、「法」による刑罰の適用の効果は否定できませんよ。これは明らかな間違った考え方です。ファンタジー世界への思いこみが強すぎるんじゃないかなあ。
自分の心さえコントロールすることが往々にして難しい私の経験では、他人の「心の問題」を解決するのも不可能と思えるくらい難しいと思いますけどねえ。
これは メッセージ 16226 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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