Re: 戦前の少年犯罪率・・(2)
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2008/09/06 03:22 投稿番号: [15783 / 17759]
>戦前の方が【少年殺人犯罪率】は高かったようです(最後に)
ん?・・・。
昔からそうですが、日本なんか、明治時代から、「脱亜入欧」の姿勢で、それまでの日本人の倫理観を捨てて、欧米のおそらくはキリスト教から派生したヒューマニズムとでも言うのだろう倫理観を受け入れることが、「世界の一等国」になる大きな「踏み絵」ではなかったか?と思います。そう言う中での少年法のあり方から考えると、おそらくは年端のいかない少年の殺人行為に対する処罰の判断が非常に寛容であったと言うことは、容易に推測できます。しかし、少なくとも日本国内の世論においても、それまでの寛容さから来る何とも言いようのない不納得な反発が徐々に大きくなってきて、結果として新しい意見の一つの発露として「きっこの日記」に書かれたとは考えられないでしょうか?
いかなる罪に対しても青少年を保護した方がいいというのも一つの「見識」なら、その行為自体に対して一個の人間としての罪があるとするのも、同様だと思います。私は、ここに優劣の差はないと考えています。
これは昨今言われている「グローバリズム」という言葉とも関連性があるように感じています。
以前、欧米列国の植民地政策に寄り添いながら、キリスト教の伝道師が侵略先の異文化を同化させ価値観を共有させることにより、自分たちの倫理観を押しつけ、その結果自分(侵略者)たちの行動を正当化しながら侵略を拡大させていったことと同じような、彼らにとって不便でない快適な(不安のない)価値観を今現代も押しつけられていると、私自身は感じています。
彼らにとって、価値観の違うらしい中東諸国への武力介入も、そう言うことが表面上の理由になり得ると言うこともちょっと恐怖ですが・・。
アニマルライツとか、反捕鯨とか、欧米的な人権思想とか、おそらくは彼らの中で育った彼らだけの独善的な倫理観を共有しなければ、彼らはそう言う異文化社会に対して不安で、安心した生活が出来にくいので、彼らが変わろうとするのではなくて、(暴力や、詐欺的な手法を使ってでも)相手方を変えようとするのだと思います。
動物を殺すのはかわいそう。・・・平気で動物を殺す人とは仲間になれない。・・・感情の問題。
クジラを殺すのはかわいそう。・・・あのかわいいクジラを殺す民族は仲間に入れたくない。・・・感情の問題。
幼い子供を殺すのはかわいそう。精神を病んでいる人を殺すのはかわいそう。・・・年齢が若いという無分別さが犯行を行わせたのだから、彼個人の将来の人格の完成形(を仮定してみて)と比較すれば、いまの彼はあまりにも未完成であるから、一つの人格としてみることが出来ない。だからその人格を早急に葬り去る行為はするべきではない。
また精神に病のある人も同様で、本来の人格を喪失しているのであるから、その心神耗弱状態の時の行為が罰せられるのは間違いである・・等の考えも、実は伝統的な地域的な文化と感情の問題に過ぎないと思うんですよねえ。
これらは、全く一般化できないことで、普遍性はありませんよねえ?
なんか、こんな事を当たり前のように考えて疑おうともしないというのは、私には片手落ちのような気がしてしまいますけどねえ?
ん?・・・。
昔からそうですが、日本なんか、明治時代から、「脱亜入欧」の姿勢で、それまでの日本人の倫理観を捨てて、欧米のおそらくはキリスト教から派生したヒューマニズムとでも言うのだろう倫理観を受け入れることが、「世界の一等国」になる大きな「踏み絵」ではなかったか?と思います。そう言う中での少年法のあり方から考えると、おそらくは年端のいかない少年の殺人行為に対する処罰の判断が非常に寛容であったと言うことは、容易に推測できます。しかし、少なくとも日本国内の世論においても、それまでの寛容さから来る何とも言いようのない不納得な反発が徐々に大きくなってきて、結果として新しい意見の一つの発露として「きっこの日記」に書かれたとは考えられないでしょうか?
いかなる罪に対しても青少年を保護した方がいいというのも一つの「見識」なら、その行為自体に対して一個の人間としての罪があるとするのも、同様だと思います。私は、ここに優劣の差はないと考えています。
これは昨今言われている「グローバリズム」という言葉とも関連性があるように感じています。
以前、欧米列国の植民地政策に寄り添いながら、キリスト教の伝道師が侵略先の異文化を同化させ価値観を共有させることにより、自分たちの倫理観を押しつけ、その結果自分(侵略者)たちの行動を正当化しながら侵略を拡大させていったことと同じような、彼らにとって不便でない快適な(不安のない)価値観を今現代も押しつけられていると、私自身は感じています。
彼らにとって、価値観の違うらしい中東諸国への武力介入も、そう言うことが表面上の理由になり得ると言うこともちょっと恐怖ですが・・。
アニマルライツとか、反捕鯨とか、欧米的な人権思想とか、おそらくは彼らの中で育った彼らだけの独善的な倫理観を共有しなければ、彼らはそう言う異文化社会に対して不安で、安心した生活が出来にくいので、彼らが変わろうとするのではなくて、(暴力や、詐欺的な手法を使ってでも)相手方を変えようとするのだと思います。
動物を殺すのはかわいそう。・・・平気で動物を殺す人とは仲間になれない。・・・感情の問題。
クジラを殺すのはかわいそう。・・・あのかわいいクジラを殺す民族は仲間に入れたくない。・・・感情の問題。
幼い子供を殺すのはかわいそう。精神を病んでいる人を殺すのはかわいそう。・・・年齢が若いという無分別さが犯行を行わせたのだから、彼個人の将来の人格の完成形(を仮定してみて)と比較すれば、いまの彼はあまりにも未完成であるから、一つの人格としてみることが出来ない。だからその人格を早急に葬り去る行為はするべきではない。
また精神に病のある人も同様で、本来の人格を喪失しているのであるから、その心神耗弱状態の時の行為が罰せられるのは間違いである・・等の考えも、実は伝統的な地域的な文化と感情の問題に過ぎないと思うんですよねえ。
これらは、全く一般化できないことで、普遍性はありませんよねえ?
なんか、こんな事を当たり前のように考えて疑おうともしないというのは、私には片手落ちのような気がしてしまいますけどねえ?
これは メッセージ 15782 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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