人権に軽重は無し・・・
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/08/24 00:55 投稿番号: [15316 / 17759]
>私たちが本心から冤罪を憎むのであれば、それはいかなるケースにおいても、いかなる犯罪者に対してもいっさいの例外なく、等しく主張されなければならないと私は考えますが、あなたも同じお考えと理解させていただいてよろしいですか?
当然です。
★伊藤真さん
(株)法学館 館長 ・ 伊藤塾 塾長
法学館憲法研究所所長
●憲法の根本的な価値は何か?
私は死刑に反対の立場です。
・・
そもそも憲法は、国家権力を制限して、国民の人権を守るための道具です。そして、日本国憲法でいちばん大切な価値は、憲法13条前段の「個人の尊重」とか「個人の尊厳」とか言われるものです(憲法13条前段には、「すべて国民は、個人として尊重される」と書いてあります)。
【つまり、「人は皆、かけがえのない命を持っていて、それぞれ生きる価値がある。どんなに豊かな人も貧しい人も、健康な人も、ハンディキャップを負っている人も、男性も女性も、宗教もいっさい関係なしに、およそ人間として存在する限り、かけがえのない命を持っている。その点ではだれもが皆同じである」、という価値観です。】
・・
人権というのは、あらゆる人の権利を認めるということです。
よい人の権利だけを認めて、それを人権というのは間違いです。
【どのような凶悪犯罪を犯した人間でも、人間である、ただそのことだけで人としての権利があるのです。】
・・
●疑わしきは罰しない
・・10人の凶悪犯人が捕まってきました。9人までは殺人や強盗、強姦を繰り返しています。今の日本の制度のもとでは死刑は確実です。でも、1人だけ無実の人がまぎれこんでしまいました。だれがその1人かわかりません。さて、この10人を目の前にして、あなたが裁判官ならどういう判決を下しますか? という事例です。
全員死刑にするか、全員無罪釈放にするか、究極の選択だと迫られたときどうするか? 全員死刑にすれば9人の凶悪犯人が社会からいなくなります。
【でも、1人の無実の人が犠牲になります。社会のために1人の個人が犠牲になることは許さない。それが、憲法にある個人の尊重の価値観ですから、この場合、全員を無罪釈放にしなければなりません。】
言い換えれば、9人の凶悪犯人が社会に戻ってきてしまうかもしれないが、そのリスクを社会全体で負担し合って、1人の命を守ろうとするのが憲法のいう「個人の尊重」です。
また、このことを「無罪の推定」「疑わしきは罰せず」といいます。
・・
裁判は人間が行うので、誤判の危険が最後までつきまといます。
冤罪は戦後の有名な4つの事件だけではありません。
最近も冤罪ではないかといわれている事件がいくつもあります。
【人間の判断に過ちの危険性がある限り、制度として死刑を認めることは、個人の尊重、個人の尊厳という憲法の根本の価値に反すると私は考えています。】
●死刑囚の人権
「死刑囚に人権があるか?」――先ほど申し上げたとおり、人間として存在する限りはかけがえのない命という価値を持っており、もちろん人権はあります。
・・
ですから、死刑に犯罪の抑止、予防という目的があるとしても、同じ目的を達成できる、もっと人権侵害の度合いの少ない方法がないだろうかと必死に考えて模索することが、憲法の人権論からいえば当然に必要となります。
本当に他の手段では、その目的が達成できないのだろうかと必死になって考えているのでしょうか。
・・
●死刑を執行する側の人権
・・
●9条改憲との関連で
・・
●国民が憲法を知り、理解することが重要
――被害者の人権保障の問題、代替刑への理解、裁判員制度を前にして
・・
●憲法の下での政治家の仕事
・・
民主主義とは国民の多数意見に従って仕事をしていくことです。でも、そのときどきの多数意見が間違ってしまう危険性があります。
ですから、あらかじめ頭が冷静なときに多数意見に従って誤った判断をしないよう歯止めをかけていく道具が憲法に他なりません。
・・
ときに、真理は少数意見にあるということです。
イギリス、フランスが死刑を廃止したときにも、国民世論の大多数は死刑存置に賛成だったそうです。・・
http://homepage2.nifty.com/shihai/message/message_itou.htm
当然です。
★伊藤真さん
(株)法学館 館長 ・ 伊藤塾 塾長
法学館憲法研究所所長
●憲法の根本的な価値は何か?
私は死刑に反対の立場です。
・・
そもそも憲法は、国家権力を制限して、国民の人権を守るための道具です。そして、日本国憲法でいちばん大切な価値は、憲法13条前段の「個人の尊重」とか「個人の尊厳」とか言われるものです(憲法13条前段には、「すべて国民は、個人として尊重される」と書いてあります)。
【つまり、「人は皆、かけがえのない命を持っていて、それぞれ生きる価値がある。どんなに豊かな人も貧しい人も、健康な人も、ハンディキャップを負っている人も、男性も女性も、宗教もいっさい関係なしに、およそ人間として存在する限り、かけがえのない命を持っている。その点ではだれもが皆同じである」、という価値観です。】
・・
人権というのは、あらゆる人の権利を認めるということです。
よい人の権利だけを認めて、それを人権というのは間違いです。
【どのような凶悪犯罪を犯した人間でも、人間である、ただそのことだけで人としての権利があるのです。】
・・
●疑わしきは罰しない
・・10人の凶悪犯人が捕まってきました。9人までは殺人や強盗、強姦を繰り返しています。今の日本の制度のもとでは死刑は確実です。でも、1人だけ無実の人がまぎれこんでしまいました。だれがその1人かわかりません。さて、この10人を目の前にして、あなたが裁判官ならどういう判決を下しますか? という事例です。
全員死刑にするか、全員無罪釈放にするか、究極の選択だと迫られたときどうするか? 全員死刑にすれば9人の凶悪犯人が社会からいなくなります。
【でも、1人の無実の人が犠牲になります。社会のために1人の個人が犠牲になることは許さない。それが、憲法にある個人の尊重の価値観ですから、この場合、全員を無罪釈放にしなければなりません。】
言い換えれば、9人の凶悪犯人が社会に戻ってきてしまうかもしれないが、そのリスクを社会全体で負担し合って、1人の命を守ろうとするのが憲法のいう「個人の尊重」です。
また、このことを「無罪の推定」「疑わしきは罰せず」といいます。
・・
裁判は人間が行うので、誤判の危険が最後までつきまといます。
冤罪は戦後の有名な4つの事件だけではありません。
最近も冤罪ではないかといわれている事件がいくつもあります。
【人間の判断に過ちの危険性がある限り、制度として死刑を認めることは、個人の尊重、個人の尊厳という憲法の根本の価値に反すると私は考えています。】
●死刑囚の人権
「死刑囚に人権があるか?」――先ほど申し上げたとおり、人間として存在する限りはかけがえのない命という価値を持っており、もちろん人権はあります。
・・
ですから、死刑に犯罪の抑止、予防という目的があるとしても、同じ目的を達成できる、もっと人権侵害の度合いの少ない方法がないだろうかと必死に考えて模索することが、憲法の人権論からいえば当然に必要となります。
本当に他の手段では、その目的が達成できないのだろうかと必死になって考えているのでしょうか。
・・
●死刑を執行する側の人権
・・
●9条改憲との関連で
・・
●国民が憲法を知り、理解することが重要
――被害者の人権保障の問題、代替刑への理解、裁判員制度を前にして
・・
●憲法の下での政治家の仕事
・・
民主主義とは国民の多数意見に従って仕事をしていくことです。でも、そのときどきの多数意見が間違ってしまう危険性があります。
ですから、あらかじめ頭が冷静なときに多数意見に従って誤った判断をしないよう歯止めをかけていく道具が憲法に他なりません。
・・
ときに、真理は少数意見にあるということです。
イギリス、フランスが死刑を廃止したときにも、国民世論の大多数は死刑存置に賛成だったそうです。・・
http://homepage2.nifty.com/shihai/message/message_itou.htm
これは メッセージ 15314 (steffi_10121976 さん)への返信です.
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