歴史における事実証明
投稿者: forever_omegatribe 投稿日時: 2007/04/21 20:56 投稿番号: [15220 / 17759]
>お気持ちは分かりますが、証明できないことで何者かを罰することはできません。
逆に疑わしきをもって罰すれば、冤罪被害者を生む可能性が高くなります。
大方の人は被害者の気持ちには同情しつつも、結局は冤罪者を出さない社会を優先して選択すると思います。
歴史学における事実証明に刑事事件で事実を証明するのと同じような厳格さを求めるべきなのでしょうか?もしそうだとするならば、いったいどれくらいの歴史的に起こった事件が立証されるのでしょうか。ほとんどが立証されません。
世の中、刑法で求めるようなきちんと裏が取れていることばかりではないです。
まして、慰安婦のように文字の読み書きすら怪しい下層市民の証言なんて裏が取れないことだらけです。もしも証言の裏が取れないことで、怪しいと言うのならば、宮本常一みたいに日本全国津々浦々周って、色々と庶民の証言を記録していますが、彼の民俗学は否定されるものとなってしまいます。
翻ってみて慰安婦の方達は自分達を虐待した人たちに対して刑事事件として訴えているわけではなく、ただ国策として被害を受けたことを訴えているだけであり、刑事訴訟的な観点で事実証明を求めるのは間違っています。
これは メッセージ 15216 (nita2 さん)への返信です.
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