“平和ボケ”のお部屋

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Re: 秋の日のヴィオロンの

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/11/07 02:55 投稿番号: [12904 / 17759]
superdreadnote くんへのレスありがとうございます。
(たぶん superdreadnought の誤りではないか? 超弩級戦艦という意味らし
い)いまは、そこまで手が回りませんので。


>>> 米英は、ソ連が潰れてくれればいいと思っていたから、ソ連の参戦
>>> 要請にもかかわらず、言を左右にして、しばらく傍観していた。

>> へぇー、そうかな?

> これは軽騎兵さんのちょっとした勇み足。

> 米英は、ソ連の「第二戦線形成(北フランス上陸)要請」になかなか応じな
> かった。
> 特にチャーチルが、北フランスよりも地中海作戦を重視し、スターリンの要
> 請に強硬に反発した。
> 米英が北フランスのノルマンディーに上陸作戦を行ったのは、1944年6月。

> 「ドイツとソ連の二虎競食は望ましい、しかしドイツがソ連に勝つのは困
> る」という思惑は、確かに米英にあった。


あなたの意見にむやみに反対するつもりはないのだけれど、事実認識について
少々確認をしておきたいと思います。

ナチス・ドイツの負けが確定したのは、スターリングラードでの攻防戦だった
と思います。ここでドイツの一方面軍が壊滅しました。(1943年2月2日)

米英もこの敗北の意味するところをすぐに悟ったと思います。つまり、ドイツ
は、どうあがいても、もはやソ連に勝てる見込みがなくなったことを。

米英は、ソ連がヨーロッパにおける戦争の勝利を独り占めにするのは、とても
座視してはいられなかったはずです。つまり「ソ連(だけ)が、ドイツに勝つ
のは困る」と思ったので、ノルマンディーに上陸作戦を決行したのです。

もっとも、ソ連ももはや負けはなかったとしても、あのドイツ相手の戦ですか
ら、米英に第二戦線を形成して欲しいと依然として思っていたでしょうが。

私は、以上のようにずっと認識していましたが、誤っていたでしょうかね?
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