B.ポツダム宣言①
投稿者: stefanie_nadeshiko 投稿日時: 2005/09/11 23:37 投稿番号: [11583 / 17759]
さて次にポツダム宣言ですが、無条件降伏を要求されたのはあくまでもその日本軍であって、国家としての日本ではなかったという当たり前のことが近年ようやく正しく認識されるようになってきました。
これはポ宣言第13条に明確に記されていますから、争う余地のない事実です。
「十三 われらは、日本国政府が直ちに全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し、かつこの行動における同政府の誠意について適当かつ充分な保障を提供することを同政府に対し要求する。これ以外の日本国の選択には、迅速かつ完全な壊滅があるだけである。」
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Potsdam.html
つまり日本は国としてはあくまでも有条件降伏をしたということであり、その条件の具体的内容が第5条〜第12条ということになります。
さて、ここで東京裁判との関連で問題となってくるのが、第10条の「われらの俘虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加えるstern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners」というくだりです。
「日本絶対悪玉論」の立場をとる人は、これを受諾したのだから、仮に東京裁判が法的にどんなに不当であろうとも、黙ってそれを受け容れるのは当然だといいますが、そのような理屈は文明国ではおよそ通らない話です。
「厳重な処罰」という言葉の意味するところは、「苛烈な刑罰」ということではなく、あくまでも「厳格な法的手続きを経た処罰」、つまりポ宣言受諾の時点において、国際法上の「戦争犯罪」とみなされていた行為のみが対象となることは明らかでしたし(私が以前仮定したように、東京裁判をGHQによる「軍事行動」と位置づけるのならば、また別の解釈が成り立つ余地もあるかも知れませんが)、そこには「平和に対する罪」「人道に対する罪」などといったものは存在していなかった、そういう認識のもとで日本はポ宣言を受諾したのもまた自明のことです。
なればこそ、その後マッカーサーの恣意によってCharterなる事後法がでっち上げられて東京裁判の「法源」とされた時、清瀬一郎弁護人は裁判の冒頭でウェッブ裁判長に対し、「当裁判の管轄に関する動議」として、次のような申し立てを行なったのです。
「世界の文明国が理解している戦争犯罪人とは主として、(1)戦闘員の不法行為 (2)非戦闘員の戦闘行為 (3)掠奪行為 (4)スパイ行為であり、ポ宣言が発せられた当時、『平和に対する罪』『人道に対する罪』などは存在していなかった。」
法理論的にもきわめてまっとうなこの申し立ては、スミス弁護人の援護射撃もあって、検察・判事団側に強力に申し入れられたのですが、のらりくらりとかわされた末、結局確たる回答もなく握りつぶされる形で強引に審理が進められていったのです。
これはポ宣言第13条に明確に記されていますから、争う余地のない事実です。
「十三 われらは、日本国政府が直ちに全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し、かつこの行動における同政府の誠意について適当かつ充分な保障を提供することを同政府に対し要求する。これ以外の日本国の選択には、迅速かつ完全な壊滅があるだけである。」
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Potsdam.html
つまり日本は国としてはあくまでも有条件降伏をしたということであり、その条件の具体的内容が第5条〜第12条ということになります。
さて、ここで東京裁判との関連で問題となってくるのが、第10条の「われらの俘虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加えるstern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners」というくだりです。
「日本絶対悪玉論」の立場をとる人は、これを受諾したのだから、仮に東京裁判が法的にどんなに不当であろうとも、黙ってそれを受け容れるのは当然だといいますが、そのような理屈は文明国ではおよそ通らない話です。
「厳重な処罰」という言葉の意味するところは、「苛烈な刑罰」ということではなく、あくまでも「厳格な法的手続きを経た処罰」、つまりポ宣言受諾の時点において、国際法上の「戦争犯罪」とみなされていた行為のみが対象となることは明らかでしたし(私が以前仮定したように、東京裁判をGHQによる「軍事行動」と位置づけるのならば、また別の解釈が成り立つ余地もあるかも知れませんが)、そこには「平和に対する罪」「人道に対する罪」などといったものは存在していなかった、そういう認識のもとで日本はポ宣言を受諾したのもまた自明のことです。
なればこそ、その後マッカーサーの恣意によってCharterなる事後法がでっち上げられて東京裁判の「法源」とされた時、清瀬一郎弁護人は裁判の冒頭でウェッブ裁判長に対し、「当裁判の管轄に関する動議」として、次のような申し立てを行なったのです。
「世界の文明国が理解している戦争犯罪人とは主として、(1)戦闘員の不法行為 (2)非戦闘員の戦闘行為 (3)掠奪行為 (4)スパイ行為であり、ポ宣言が発せられた当時、『平和に対する罪』『人道に対する罪』などは存在していなかった。」
法理論的にもきわめてまっとうなこの申し立ては、スミス弁護人の援護射撃もあって、検察・判事団側に強力に申し入れられたのですが、のらりくらりとかわされた末、結局確たる回答もなく握りつぶされる形で強引に審理が進められていったのです。
これは メッセージ 11582 (stefanie_nadeshiko さん)への返信です.
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