“平和ボケ”のお部屋

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投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/18 20:46 投稿番号: [11068 / 17759]
>東郷外相、小磯首相に辞任を要求したとは、わしは今まで知らなかった。

東郷外相の時は、昭和天皇は、
「戦争中の現在、大東亜省設立問題で閣内不一致・総辞職となるのは、対外的に不様である。」
「自分は東條首相を支持しているので、ここは東郷外相が単独辞任すべきである。」
旨を述べ、東郷を事実上罷免した。

小磯首相の時は、昭和天皇は件の対中和平工作に反対したが、小磯首相は「工作を続けたい、やめるのは惜しい」と粘り強く食い下がった。
昭和天皇は、「(小磯は)田中義一より酷い(無責任で無礼者である)」と怒りを露わにし、小磯を辞任に追い込んだ。
これも事実上の罷免である。

>満州事変の時は首相が健在、よって昭和天皇は首相の進言を承認するだけ
>だった。

そもそも首相には、関東軍の勝手な作戦を却下したり事後承認を与えたりする権限はなかった。
作戦を許可するかどうかは参謀本部の所掌であり、関東軍司令部の責任者を処罰するかどうかは陸軍省の所掌であった。
いずれも、天皇の承認が必要だが、首相は職責上無関係だった。

首相ができたのは、外相と共同で、武力行使を拡大せず穏便に外交で解決する方針を進言することだけであった。
しかし昭和天皇は、事件直後には不拡大方針に賛成していたが、関東軍の暴走による快進撃を見ると次第に態度を変えて戦果に満足し拡大方針に支持を与えた。

>1938年の張鼓峰事件。わしの知らないことばかりだが
>昭和天皇個人はここでも鳩派だった。

昭和天皇が張鼓峰事件の拡大に反対したのは、平和主義者(ハト派)だったからではない。

昭和天皇は、中国相手の戦争では、タカ派寄り、すなわち積極派・断固一撃論(中国軍は弱くて腰抜けなので一撃を与えれば容易に屈服させられる)を支持していた。
しかしソ連に対しては、慎重派であった。
「できることならソ連を叩きたいが、ソ連軍は手強いだろう」という認識であった。
最初の三国同盟構想では「仮想敵は、英仏を含めず、ソ連のみとする」案に賛成していた。
独ソ開戦後には「極東ソ連軍兵力の大部が欧州に転送されれば、対ソ開戦する」案に賛成していた。

>上記のような事態ができたのは、昭和天皇の責任ですか?

さよう、昭和天皇の責任です。
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