>フランス人権宣言
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/02 02:57 投稿番号: [10913 / 17759]
> 低レベルの質問ですねぇ〜♪
>
> リンク張っておけばいいですね♪
「低レベルの質問」だとは思っていませんけれどね。
私が、グーグルを使って、初歩的な検索をする程度の能力すらないと思ってい
るのですか?
「フランス革命」なるものについて、あなた自身の言葉で説明してもらいた
かったな。どんな風な思い入れがあるのか、それともただの歴史的な出来事の
一つにしか過ぎないのか…。
「フランス革命」について、たとえ数行で説明するにせよ、個性があらわれる
と思うし、ご本人の思想が色濃く投影されるんじゃないかな。つまり人柄が出
ると思うよ。
> 立憲君主制の場合、
> 王にのみ主権があり、議会は助言する機関にすぎない場合と、
> 国民に主権があり、 王による権威の行使を認めている場合がある。
>
> つまり、
> 王政でも民主(主権在民)は成立するのである。
1979年に「人権宣言」がなされてから、ジャコバンにより、共和制が誕生する
までは、過渡期的なもので、その間に出現した一時的な立憲君主制は、大日本
帝國なんかのそれとは、異質なものではないのだろうか?
> 王政でも民主(主権在民)は成立するのである。
>
> さて、国民が【王】にではなく、
> 【一つの政党】に権威の行使を認めれば、『一党独裁』でも民主。
> 【皇帝】に認めても、民主となる。
要するに「立憲君主制」(君主がもつ権力が憲法によって制限されている政
体)は民主主義だというわけですね。同時にこれは、「王政」でもあるわけで
すか。
しかし、「王政」と言った場合、「立憲君主制」は一般的に含まれるのだろう
か? どの程度、君主に権限があるのかにもよるのかな? 革命期のルイ16世
の権限なんてほとんどなかったのではないだろうか?
ナポレオンが皇帝になったときと共和制になる前のルイ16世とどちらが権限
が大きかったのだろうか? 同じなのか?
> さて、私の主張は、
>
> 1.民主とは、『主権在民』である。
> 2.革命後のフランスは、『人権宣言』を尊重している。
>
> これらの要素が変化しない限り、別のものとして区別する必要がない。
ジャコバンは、「もっと革命を進めなければならない」と思っていたようだし、
テルミドールを起こした連中は、「もう革命は十分だ」と思っていた。テルミ
ドールの前と後では、様相が一変するのだけれど、「区別する必要はない」の
でございますか?
> 国民に権威の行使を認められているのが、
> 『王』であろうが、『皇帝』であろうが同じである。
>
> 君が違うと主張するのであれば、異なる体制を一つ一つあげて説明する責任
> は君にある。
同じ立憲君主制であっても、戦前の日本は、「民主主義」と言えるのですか?
フランスの「人権宣言」は、すごい革命的な内容を含んでいますよね。
「いかなる主権の原理も本質的に国民に存する。どの団体も、どの個人もそこ
から明確に発しないような権威を行使することはできない」とか「全ての市民
は『自由、所有、安全、圧制への抵抗』の権利を付与されている」。
とりわけ「圧制への抵抗の権利」というのがすごい。戦前の憲法は言うに及ば
ず、現行の日本国憲法に、そんなことはっきりと書かれていましたっけ?
ところで、「王政」だろうが「独裁」だろうが、「民主主義」と共存すること
が可能であることを主張することによって、君に何のメリットがあるの? 私
およびここの読者たちにもなんかメリットがあるのですかね?
>
> リンク張っておけばいいですね♪
「低レベルの質問」だとは思っていませんけれどね。
私が、グーグルを使って、初歩的な検索をする程度の能力すらないと思ってい
るのですか?
「フランス革命」なるものについて、あなた自身の言葉で説明してもらいた
かったな。どんな風な思い入れがあるのか、それともただの歴史的な出来事の
一つにしか過ぎないのか…。
「フランス革命」について、たとえ数行で説明するにせよ、個性があらわれる
と思うし、ご本人の思想が色濃く投影されるんじゃないかな。つまり人柄が出
ると思うよ。
> 立憲君主制の場合、
> 王にのみ主権があり、議会は助言する機関にすぎない場合と、
> 国民に主権があり、 王による権威の行使を認めている場合がある。
>
> つまり、
> 王政でも民主(主権在民)は成立するのである。
1979年に「人権宣言」がなされてから、ジャコバンにより、共和制が誕生する
までは、過渡期的なもので、その間に出現した一時的な立憲君主制は、大日本
帝國なんかのそれとは、異質なものではないのだろうか?
> 王政でも民主(主権在民)は成立するのである。
>
> さて、国民が【王】にではなく、
> 【一つの政党】に権威の行使を認めれば、『一党独裁』でも民主。
> 【皇帝】に認めても、民主となる。
要するに「立憲君主制」(君主がもつ権力が憲法によって制限されている政
体)は民主主義だというわけですね。同時にこれは、「王政」でもあるわけで
すか。
しかし、「王政」と言った場合、「立憲君主制」は一般的に含まれるのだろう
か? どの程度、君主に権限があるのかにもよるのかな? 革命期のルイ16世
の権限なんてほとんどなかったのではないだろうか?
ナポレオンが皇帝になったときと共和制になる前のルイ16世とどちらが権限
が大きかったのだろうか? 同じなのか?
> さて、私の主張は、
>
> 1.民主とは、『主権在民』である。
> 2.革命後のフランスは、『人権宣言』を尊重している。
>
> これらの要素が変化しない限り、別のものとして区別する必要がない。
ジャコバンは、「もっと革命を進めなければならない」と思っていたようだし、
テルミドールを起こした連中は、「もう革命は十分だ」と思っていた。テルミ
ドールの前と後では、様相が一変するのだけれど、「区別する必要はない」の
でございますか?
> 国民に権威の行使を認められているのが、
> 『王』であろうが、『皇帝』であろうが同じである。
>
> 君が違うと主張するのであれば、異なる体制を一つ一つあげて説明する責任
> は君にある。
同じ立憲君主制であっても、戦前の日本は、「民主主義」と言えるのですか?
フランスの「人権宣言」は、すごい革命的な内容を含んでいますよね。
「いかなる主権の原理も本質的に国民に存する。どの団体も、どの個人もそこ
から明確に発しないような権威を行使することはできない」とか「全ての市民
は『自由、所有、安全、圧制への抵抗』の権利を付与されている」。
とりわけ「圧制への抵抗の権利」というのがすごい。戦前の憲法は言うに及ば
ず、現行の日本国憲法に、そんなことはっきりと書かれていましたっけ?
ところで、「王政」だろうが「独裁」だろうが、「民主主義」と共存すること
が可能であることを主張することによって、君に何のメリットがあるの? 私
およびここの読者たちにもなんかメリットがあるのですかね?
これは メッセージ 10905 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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