7×>民主主義2
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/06/23 02:50 投稿番号: [10772 / 17759]
> 人権を守るためには、多くの国民の良心が必要なのです。民主主義では良心
> のない者が多く集まると、悲惨なことになります。
「良心」というか、「民主主義」は、単に制度として与えられれば機能すると
いうようなものではないということでしょう。国民が、民主主義を実践する主
体として育てられていなければなりません。
「自由」「平等」「人権」「言論の自由」というものの大切さが理解され、な
ぜ「民主主義」が最善のものとして選択されたのかが、その歴史とともに理解
されている必要があるでしょう。
> 大東亜戦争や日清・日露戦争で命を落とされた方々の中には、家族のため、
> 友のため、国家のため、恋人のため…と、様々な思いで戦っていたと思いま
> す。
> それが「天皇のため」であったか、という判断は誰がどのように行ったので
> しょう?
敗戦にいたるまでは、形式上は天皇だったと思いますが? 実質的には、管理
者であるところの陸軍や海軍が、名簿を作成し、天皇に「認可」してもらって
いたのでしょう。
個人的にどのような思いで戦おうが、客観的に国家(天皇)が遂行した戦争に
役立ってさえいればいいのです。人の本心など誰にもわからないことですし…。
> 国を守るためにと命をかけた人の勇気があったからこそ、この国は益々栄え
> ている、申し訳ないことである、それぞれの戦争では国家の至らない点があ
> ったために、彼らの命を奪ってしまったこと、また彼らが守ろうとしていた
> 国民の多くの命を奪ってしまう結果となった事を反省する、そのような気持
> ちでお参りするべきだと思いますので、
(侵略)戦争を反省する気持ちがあれば、戦争を反省することのない「靖國」
などにお参りに行くはずがない。太平洋戦争に関して言えば、「国家の至らな
い点があった」なんて生易しい代物ではありませんね。
> 神道=戦争ではありません。それは短絡です。
国家神道=大日本帝國の侵略戦争への国民の大量動員
> 国家が戦死した軍人を慰霊するのは当然ですね。
国家が、戦死した軍人を祀る時、それは「慰霊」ではなく、つねに「顕彰」に
なります。現代世界は「戦争」は犯罪だという認識になりつつあるのですし、
戦死した軍人を「顕彰」するのは慎んだ方がいいのではなかと私は思っていま
す。
とりわけ、侵略戦争に加担して死した軍人を、顕彰することは、非情ですが、
断固としてできません。侵略戦争の被害者として追悼されるべきです。侵略戦
争に反対する姿勢がないのなら、許されません。
> またその大祭の場で、終始戦争に反対であった天皇陛下が「国民は戦わなけ
> ればならない」「戦うことが信仰を深める」などと言われているのでしょう
> か?
「臨時大祭」で天皇がどのような発言をしたのか、ちょっと資料がすぐに見つ
からないのだが、すくなくとも「靖國神社」と改称した際、この神社が天皇に
忠誠を尽くして死したものたちを、要するに顕彰するためのものであることを
天皇自らが文書にして遺しているようですよ。長くなるので引用しませんが…。
> 少なくとも、欧米に民主主義が機能していて日本は機能していないというほ
> どの差はないように思えますが?
厳密に比較すると大変だが、常識的に妥当だと思うけれどね。たとえば、欧米
では、労働者の就業時間の短縮とか余暇の獲得は、広範な労働者や市民の運動
の成果であるようだけれど、日本の場合は、上から与えられたものといって過
言でない。厚生労働省のお役人だったかが、ずい分昔、「日本では、そのよう
なもの(民衆の運動)はなじまないので、行政の側から、積極的に働きかける
のがいい」みたいな発言をしていたのを記憶しています。
> 民主主義であれば「極右」の人はその権利を剥奪されても良いのですか?
> 「極左」の人ならダメでしょう?
民主主義の完全否定につながるようなものに、大々的に宣伝協力してやる必要
はないと思いますけれどね。すべての発言を封じるのは問題ですが…。
> それにしては、共産党や社民党の幹部の方たちが暗殺されたって話は聞きま
> せんねぇ。
社民党などは、しょっちゅう脅迫状を受け取っているようだし、共産党の幹部
は、私設の警護要員をいつも同行していると思ったが…。社共のみならず、政
治的反対派に対する、暗殺および暗殺未遂が頻発するようになったら、もうお
しまいですけれどね。あなたの好きな都知事は、テロ容認発言をしていました
ね。
> のない者が多く集まると、悲惨なことになります。
「良心」というか、「民主主義」は、単に制度として与えられれば機能すると
いうようなものではないということでしょう。国民が、民主主義を実践する主
体として育てられていなければなりません。
「自由」「平等」「人権」「言論の自由」というものの大切さが理解され、な
ぜ「民主主義」が最善のものとして選択されたのかが、その歴史とともに理解
されている必要があるでしょう。
> 大東亜戦争や日清・日露戦争で命を落とされた方々の中には、家族のため、
> 友のため、国家のため、恋人のため…と、様々な思いで戦っていたと思いま
> す。
> それが「天皇のため」であったか、という判断は誰がどのように行ったので
> しょう?
敗戦にいたるまでは、形式上は天皇だったと思いますが? 実質的には、管理
者であるところの陸軍や海軍が、名簿を作成し、天皇に「認可」してもらって
いたのでしょう。
個人的にどのような思いで戦おうが、客観的に国家(天皇)が遂行した戦争に
役立ってさえいればいいのです。人の本心など誰にもわからないことですし…。
> 国を守るためにと命をかけた人の勇気があったからこそ、この国は益々栄え
> ている、申し訳ないことである、それぞれの戦争では国家の至らない点があ
> ったために、彼らの命を奪ってしまったこと、また彼らが守ろうとしていた
> 国民の多くの命を奪ってしまう結果となった事を反省する、そのような気持
> ちでお参りするべきだと思いますので、
(侵略)戦争を反省する気持ちがあれば、戦争を反省することのない「靖國」
などにお参りに行くはずがない。太平洋戦争に関して言えば、「国家の至らな
い点があった」なんて生易しい代物ではありませんね。
> 神道=戦争ではありません。それは短絡です。
国家神道=大日本帝國の侵略戦争への国民の大量動員
> 国家が戦死した軍人を慰霊するのは当然ですね。
国家が、戦死した軍人を祀る時、それは「慰霊」ではなく、つねに「顕彰」に
なります。現代世界は「戦争」は犯罪だという認識になりつつあるのですし、
戦死した軍人を「顕彰」するのは慎んだ方がいいのではなかと私は思っていま
す。
とりわけ、侵略戦争に加担して死した軍人を、顕彰することは、非情ですが、
断固としてできません。侵略戦争の被害者として追悼されるべきです。侵略戦
争に反対する姿勢がないのなら、許されません。
> またその大祭の場で、終始戦争に反対であった天皇陛下が「国民は戦わなけ
> ればならない」「戦うことが信仰を深める」などと言われているのでしょう
> か?
「臨時大祭」で天皇がどのような発言をしたのか、ちょっと資料がすぐに見つ
からないのだが、すくなくとも「靖國神社」と改称した際、この神社が天皇に
忠誠を尽くして死したものたちを、要するに顕彰するためのものであることを
天皇自らが文書にして遺しているようですよ。長くなるので引用しませんが…。
> 少なくとも、欧米に民主主義が機能していて日本は機能していないというほ
> どの差はないように思えますが?
厳密に比較すると大変だが、常識的に妥当だと思うけれどね。たとえば、欧米
では、労働者の就業時間の短縮とか余暇の獲得は、広範な労働者や市民の運動
の成果であるようだけれど、日本の場合は、上から与えられたものといって過
言でない。厚生労働省のお役人だったかが、ずい分昔、「日本では、そのよう
なもの(民衆の運動)はなじまないので、行政の側から、積極的に働きかける
のがいい」みたいな発言をしていたのを記憶しています。
> 民主主義であれば「極右」の人はその権利を剥奪されても良いのですか?
> 「極左」の人ならダメでしょう?
民主主義の完全否定につながるようなものに、大々的に宣伝協力してやる必要
はないと思いますけれどね。すべての発言を封じるのは問題ですが…。
> それにしては、共産党や社民党の幹部の方たちが暗殺されたって話は聞きま
> せんねぇ。
社民党などは、しょっちゅう脅迫状を受け取っているようだし、共産党の幹部
は、私設の警護要員をいつも同行していると思ったが…。社共のみならず、政
治的反対派に対する、暗殺および暗殺未遂が頻発するようになったら、もうお
しまいですけれどね。あなたの好きな都知事は、テロ容認発言をしていました
ね。
これは メッセージ 10732 (aikoku_heiwa さん)への返信です.
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