7×>民主主義1
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/06/23 02:46 投稿番号: [10771 / 17759]
> わたしは「反靖國」「親中・親朝」の発言や行動をしている人たちの中にあ
> るもののほうが信用できないというか、怖いものがあると思います。
ゲーリングがニュールンベルク裁判で語ったという有名な言葉の引用をもって
して、反論に代えさせていただきます。
「我々は攻撃されていると宣伝し、 愛国心に欠け国を危険に曝していると平
和主義者を糾弾するだけでよい」
>>「人権意識の希薄」は、民主主義の土台を脅かすものだ
>
> それは言えるでしょう。しかしやはり「人権」は「民主主義」とは違います。
> ある程度人権が制約されても民主主義は機能し続けることは可能です。
その国の国民の人権意識や、「人権」の置かれた状況は、その国における「民
主主義」の水準をはかる指標になると思う。
> 個人の人権で認められる範囲を際限なく拡大すると、社会が機能しなくなり
> ます。どこで線を引くか、それが公序良俗の範囲であったり、法の範囲であ
> ったりします。
> そして、それを国民が主体的に決めるのが民主主義です。
> そうした意味からも、「人権が認められる事」が「民主主義が機能してい
> る」と直結はできないのではないか、と考える次第です。
たとえば、工場が有害物質の含まれた廃液、廃棄物を後先も考えずに近辺に投
棄し、環境を汚染し住民の健康を害したりした場合、住民たちが反対運動すら
ろくに起こさないような状況であれば、「民主主義が浸透していない」もしく
は「機能していない」と判断できると思う。
あなたの心配はいつも、「人権が際限なく拡大する」といった方向ばかりです
ね。実際は、人権が認められない、あるいは人権を主張せず自主規制してしま
うような人間が多数いることによる、社会の損失の方が、ずっと大きいのでは
ないかと私は思っていますけれどね。
これは メッセージ 10731 (aikoku_heiwa さん)への返信です.
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