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>『処刑』ではなく、『殺人』

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/06/20 00:52 投稿番号: [10696 / 17759]
●10676
> つまり、
>   『立証は現実的ではない』→『処刑に根拠はいらない』って事?
>
>   『法』に基づいていなければ、『処刑』ではなく、『殺人』でしょ♪

その通りだと思います。

南京を占領した日本軍は、自分たちを養う食い物を付近の農民から強奪してい
たような状況で、従って、大量の捕虜が出た場合、養っていく態勢にはありま
せんでした。状況から、降服を勧告すれば、戦意を失った敗残兵たちは、すぐ
に降服したかと思われますが、日本軍には、大量の捕虜を受け容れる意志など
端からありませんでした。

また、方面軍司令官の松井石根は、占領地南京の平定のために冷静に諸施策を
講じることよりも、功名心から、現地での「南京入城式」を時機を失せず執り
行うことに固執していました。現場から「残敵掃討」に時間がかかるという意
見があっても聞き入れることはなく、指定された日(12月17日)に「入城式」
を行なえるようにすることを厳命しました。

その結果、ただでさえ、いい加減だった、便衣兵を摘出するための取調べが、
さらにいっそういい加減になることに拍車をかけました。

上海および南京で対峙した蒋介石の軍は、中国軍の主力で、松井石根が想像し
たよりも、かなり強力な抵抗をしました。日本軍には、そうとうの被害が出て
おり、度重なる戦闘で、日本兵たちも疲弊していました。ろくな補給も休養も
ないような状況では、心もすさんでいたかと思われます。軍紀も緩んでいた模
様で、南京市民に対して手荒な真似をしていただろうことは想像に難くありま
せん。

もともと上海に派遣された日本兵たちは、上海在住の邦人保護のために派遣さ
れたものでした。従って、精鋭部隊ではなく、いわば「二軍」でした。兵士た
ちも、キツイ仕事を与えられたという認識はなかったはずです。

しかし、中央の命令に従う意思がなく、功名心に燃える松井石根は、中国軍の
主力と一戦を交えることを選択し、兵たちに過酷な戦闘を強います。二線級の
部隊に、キツイ上海攻防戦を戦わせた上、さらに休むことなく、南京攻略へと
向かわせました。軍中央の指示のない作戦ですので、兵站の用意もない進軍と
なりました。


> 『刑』が執行されなければ、全ての行為は『合法』という論理なんですかね
> ぇ〜?

そんな風に読めなくもないですね。


> 結局のところ『認定基準』に『合理性』があるかって事になりますね♪
> 『主観』として『有害と思った』という理由で殺しても良い。
> って主張している事になりますよ♪
>
> なら、東京裁判などせずに、即、殺害し、
> 理由は、『連合国に対し有害な行為を行った為♪』
>
> 『立証義務は無い♪』
> って主張すると通るって事?

掲示された「便衣兵」の認定基準は杜撰ですし、法解釈も勝手なもののように
思えますから、結果として「立証義務などない」と言っているに等しいと言っ
ても、言い過ぎではないように思えますね。
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