>>msg3629
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/06/19 06:33 投稿番号: [10658 / 17759]
>> (1)もともとの国際慣習法(1874年以前)においては原則として、
>> 戦争犯罪者は軍事裁判の審判を行わなければ処罰できないと考えられてい
>> ました。
>> (2)その当時から、「間諜・便衣兵」については裁判を行わずに処罰可能
>> と考えられていて、実際に裁判なし処刑が行われていました。
>
> ↑は、
> 『現行犯』であれば処罰されても致し方ない(冤罪は考えづらい)と考えら
> れますが、『現行犯』でなくとも、『裁判無しで処罰可能か?』は疑問です
> (冤罪の可能性あり)。
彼の主張したいところは、戦場では、そのような処置は現実的ではないし、実
際のところ、他国の例を見ると、裁判なしで処刑が行われていても、その罪を
問われていることはなかった。だから、「慣習的に認められていた」と言いた
いのではないでしょうか?
>> 「間諜・便衣兵」については裁判を行わずに処罰可能と考えられていて、
>
> って事は、条約ではないって事ですよね?
少なくとも成文化された条約ではないですね。
>> (3)1899年に第1回ハーグ会議において間諜については、
>> 処罰に裁判が義務であるという条約が作成されました。
>> しかしながら、便衣兵についてはそのような条約は作成されませんでした。
>> (4)それ以降、1907年第2回ハーグ会議においても、その他の国際会議に
>> おいても、便衣兵の裁判に関する条約は作成されておりません。
>> 以上をもって、「便衣兵については、裁判なし処刑が可能な【例外のまま
>> 放置】された」と考えるしかなく
>> ○「便衣兵の処刑に裁判が義務という国際慣習法は確立していなかった」
>> という理論が成立します。
>
> 『処罰可能』の根拠には、『条約』は不要、『慣習法』が根拠で、
> 『処罰不可』の根拠には、『条約』のみで、『慣習法』は根拠とはなり得な
> いと?
「処罰不可」の場合の根拠として、想定される「慣習法」とは?
> ちなみに、
> 国際慣習法の成立要件 = 一般的慣行(事実的要素)+ 法的信念(心理
> 的要素)
>
> 『ハーグ会議』前と以降では『法的信念』が同じでしょうか?
>
> また、
> 『間諜』には裁判が必要で、『便衣兵』には必要ないという区別は、
> どのような『法的信念』に基づいているのでしょうか?
>
> 想像するに、
> 『現行犯』でなければ、『冤罪』もありえ、『裁判は必要』
>
> 『現行犯』であれば、『間諜』で直接『死傷する訳ではない』ので、その場
> で殺すのは『過剰防衛』
> (情報が敵に渡るのを阻止できれば、その場で殺す必要はない。)
>
> 『現行犯』であれば、『便衣兵』との戦闘で直接『死傷する可能性がある』
> ので、『正当防衛』
>
> と解釈すれば、『矛盾』しないと思われる。
↓以下のような論理を展開し、便衣兵と判別され拘束されたものは、世界の戦
場での例から見ても、その場で裁判なしで処刑されてもやむなしであり、当時
の慣例から見て犯罪ではなかったと言ってます。
msg3616
> しかし、軍律では交戦法規に違反していなくても、自軍にとって有害であ
> ると認めた場合には処罰対象とする事ができます。敵国の軍人が制服着用で
> 勢力圏に入れば「軍事的脅威」として無条件で攻撃の対象になります。偽装
> した敵国の軍人についても「軍事的脅威」であることは変わりないので「戦
> 時反逆」を構成するとして処罰が可能となるのです。
> 南京において安全区に潜伏した兵士についても同様で、敵対行為の有無と
> は無関係に「戦時反逆」を構成しますから処罰を避ける事はできません。
(しかし、ラーゲをはじめとして、外国の大使館員や新聞記者や牧師などの第
三者には、明らかに非道な「虐殺」としてしか目に映っていないですね)
それから「法的信念」とは、可能であれば、わかりやすく簡単に説明していた
だきたい。「法的確信」と同じものでしょうか? べつに揚げ足をとっている
のではなく、「法的信念」も「法的確信」も、私はあまりよく分かっていない
というだけのことです。
>> 戦争犯罪者は軍事裁判の審判を行わなければ処罰できないと考えられてい
>> ました。
>> (2)その当時から、「間諜・便衣兵」については裁判を行わずに処罰可能
>> と考えられていて、実際に裁判なし処刑が行われていました。
>
> ↑は、
> 『現行犯』であれば処罰されても致し方ない(冤罪は考えづらい)と考えら
> れますが、『現行犯』でなくとも、『裁判無しで処罰可能か?』は疑問です
> (冤罪の可能性あり)。
彼の主張したいところは、戦場では、そのような処置は現実的ではないし、実
際のところ、他国の例を見ると、裁判なしで処刑が行われていても、その罪を
問われていることはなかった。だから、「慣習的に認められていた」と言いた
いのではないでしょうか?
>> 「間諜・便衣兵」については裁判を行わずに処罰可能と考えられていて、
>
> って事は、条約ではないって事ですよね?
少なくとも成文化された条約ではないですね。
>> (3)1899年に第1回ハーグ会議において間諜については、
>> 処罰に裁判が義務であるという条約が作成されました。
>> しかしながら、便衣兵についてはそのような条約は作成されませんでした。
>> (4)それ以降、1907年第2回ハーグ会議においても、その他の国際会議に
>> おいても、便衣兵の裁判に関する条約は作成されておりません。
>> 以上をもって、「便衣兵については、裁判なし処刑が可能な【例外のまま
>> 放置】された」と考えるしかなく
>> ○「便衣兵の処刑に裁判が義務という国際慣習法は確立していなかった」
>> という理論が成立します。
>
> 『処罰可能』の根拠には、『条約』は不要、『慣習法』が根拠で、
> 『処罰不可』の根拠には、『条約』のみで、『慣習法』は根拠とはなり得な
> いと?
「処罰不可」の場合の根拠として、想定される「慣習法」とは?
> ちなみに、
> 国際慣習法の成立要件 = 一般的慣行(事実的要素)+ 法的信念(心理
> 的要素)
>
> 『ハーグ会議』前と以降では『法的信念』が同じでしょうか?
>
> また、
> 『間諜』には裁判が必要で、『便衣兵』には必要ないという区別は、
> どのような『法的信念』に基づいているのでしょうか?
>
> 想像するに、
> 『現行犯』でなければ、『冤罪』もありえ、『裁判は必要』
>
> 『現行犯』であれば、『間諜』で直接『死傷する訳ではない』ので、その場
> で殺すのは『過剰防衛』
> (情報が敵に渡るのを阻止できれば、その場で殺す必要はない。)
>
> 『現行犯』であれば、『便衣兵』との戦闘で直接『死傷する可能性がある』
> ので、『正当防衛』
>
> と解釈すれば、『矛盾』しないと思われる。
↓以下のような論理を展開し、便衣兵と判別され拘束されたものは、世界の戦
場での例から見ても、その場で裁判なしで処刑されてもやむなしであり、当時
の慣例から見て犯罪ではなかったと言ってます。
msg3616
> しかし、軍律では交戦法規に違反していなくても、自軍にとって有害であ
> ると認めた場合には処罰対象とする事ができます。敵国の軍人が制服着用で
> 勢力圏に入れば「軍事的脅威」として無条件で攻撃の対象になります。偽装
> した敵国の軍人についても「軍事的脅威」であることは変わりないので「戦
> 時反逆」を構成するとして処罰が可能となるのです。
> 南京において安全区に潜伏した兵士についても同様で、敵対行為の有無と
> は無関係に「戦時反逆」を構成しますから処罰を避ける事はできません。
(しかし、ラーゲをはじめとして、外国の大使館員や新聞記者や牧師などの第
三者には、明らかに非道な「虐殺」としてしか目に映っていないですね)
それから「法的信念」とは、可能であれば、わかりやすく簡単に説明していた
だきたい。「法的確信」と同じものでしょうか? べつに揚げ足をとっている
のではなく、「法的信念」も「法的確信」も、私はあまりよく分かっていない
というだけのことです。
これは メッセージ 10602 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/10658.html