北朝鮮の思い出(3)
投稿者: haibokunohateni1945 投稿日時: 2012/09/05 19:21 投稿番号: [4 / 7]
此の重大ニュースが終わりますと市内の有力者達が話しあった様に続々と駐在所を訪れ、無論みんな驚いて居るのでしょうが、私に悔みでも云うように言葉を掛けて呉れるのです。此の時は未だ「朝鮮独立を万歳」と騒ぐ者も無論居りませんでした。
彼等だって、この先どうなるのかと心配して居たのやも知れませんが、後日聞いた話では、私の駐在所の様に朝鮮人達がすぐに首席の処に敗戦の挨拶を言いに来た等は他の地方には全然なかったばかりか、思想悪化地方では同時に駐在所に火を付けられた所も多かったそうです。
日本が戦争に負けたと云う事は、朝鮮が独立すると云う意味するもので、朝鮮人にとっては、日本がなぜ負けたか?ということには意義が無く日本が敗れた為、朝鮮が独立すると云う事に意義が有り、此の事は炎天の燎原に火が付いた様に全鮮に燃え広がり朝鮮人を歓喜に狂わし始めました。朝鮮人達は烏合の衆の集まりで、一犬虚を吠え群集心理で、何をしでかすか解りません。無論此の時、朝鮮警察の権力が今日の勅許で消失した訳では有りませんでしたが、戦勝国が進駐して来て朝鮮警察の武装を解除した訳ではなく、又朝鮮人達だって日本国の朝鮮人であって同じ敗戦国民の筈なのですが、彼等朝鮮人は一人合点で戦勝国民にでもなっている気持で、朝鮮独立を一人決めして、歓喜に狂ってしまったのだから、狂犬の様な朝鮮人を相手にこれを鎮圧する事は軍隊の力を以てしても、至難な状態に立ち至ってしまいました。此の時から、恐ろしい無警察状態に陥るのでした。狂った朝鮮人達は、有る地方では、群衆が駐在所を焼き討ちし、日本人巡査を追い出し、或地方では道端に穴を掘り日本人巡査を首まで埋め晒し首にし、また有る地方では牛の尾に綱を付け日本人巡査を縛って道を引き摺って歩いているとか。隣接の洪原郡は特に思想悪化地帯でしたが、警察署員を全部留置場に入れ一般の朝鮮人の参観に供している等と咸南道管下各地の悲惨な状況が早くも起きつつある事を、警察部の吉中君が知らせて呉れ、私にも田舎に居ては危険な事を連絡して呉れました。
敗戦と同時に朝鮮人から真っ先に迫害を受けたのは日本人巡査で有る事を忘れてはいけません。彼等は今迄敬って居た筈の日本人警察官に何故手の平を返した様な残酷な迫害を加え始めたのだろうか。今迄敬って居た彼等の姿は偽だったのでしょうか。その通りだったのです。日本人警察官と云っても皆が皆真面目な警察精神で職務を遂行して居た者ばかりでは有りません。自分の欲望の為、警察権力を私用していた警察官が意外と多かったのかもしれません。
斯う云う事をして来て居た警察官の行動を朝鮮人達は知って居たのですが、今迄は此の警察権力に屈服して耐えて居たのです。
私だって、神様でも仏様でも無い、絶対権力を私欲に使った事は無い。とは言われませんが、私の様な警察官は少なかった様です。此の警察官達が終戦に成り権力を失った途端に朝鮮人達は一斉に今迄のうっ憤を晴らしに、報復に、仕返しで、斯う云う過去を持った警察官に苛酷な暴力を加え始めたのでした。
故に、駐在所を焼き討ちにされた駐在所の主席や、道端の穴に埋められた日本人巡査は何かよほど悪辣に権力を使用し朝鮮人に憎まれて居た者達なのでしょう。
其れとは別に、権力の使用と云っても正当な権力の使用をして朝鮮人に憎まれた警察官も又多数おりました。斯う云う人は、高等警察課掛に勤務していた警察官に特に多いのですが、各警察署の課長に成ると、一挙に何十名時には何百名と云う思想犯被疑者を検挙する事も有ります。この様な場合、正当な権力の行使で有っても被疑者や同族の者達から受ける憎しみ怨嗟は大変根深く大きなものです。
彼等だって、この先どうなるのかと心配して居たのやも知れませんが、後日聞いた話では、私の駐在所の様に朝鮮人達がすぐに首席の処に敗戦の挨拶を言いに来た等は他の地方には全然なかったばかりか、思想悪化地方では同時に駐在所に火を付けられた所も多かったそうです。
日本が戦争に負けたと云う事は、朝鮮が独立すると云う意味するもので、朝鮮人にとっては、日本がなぜ負けたか?ということには意義が無く日本が敗れた為、朝鮮が独立すると云う事に意義が有り、此の事は炎天の燎原に火が付いた様に全鮮に燃え広がり朝鮮人を歓喜に狂わし始めました。朝鮮人達は烏合の衆の集まりで、一犬虚を吠え群集心理で、何をしでかすか解りません。無論此の時、朝鮮警察の権力が今日の勅許で消失した訳では有りませんでしたが、戦勝国が進駐して来て朝鮮警察の武装を解除した訳ではなく、又朝鮮人達だって日本国の朝鮮人であって同じ敗戦国民の筈なのですが、彼等朝鮮人は一人合点で戦勝国民にでもなっている気持で、朝鮮独立を一人決めして、歓喜に狂ってしまったのだから、狂犬の様な朝鮮人を相手にこれを鎮圧する事は軍隊の力を以てしても、至難な状態に立ち至ってしまいました。此の時から、恐ろしい無警察状態に陥るのでした。狂った朝鮮人達は、有る地方では、群衆が駐在所を焼き討ちし、日本人巡査を追い出し、或地方では道端に穴を掘り日本人巡査を首まで埋め晒し首にし、また有る地方では牛の尾に綱を付け日本人巡査を縛って道を引き摺って歩いているとか。隣接の洪原郡は特に思想悪化地帯でしたが、警察署員を全部留置場に入れ一般の朝鮮人の参観に供している等と咸南道管下各地の悲惨な状況が早くも起きつつある事を、警察部の吉中君が知らせて呉れ、私にも田舎に居ては危険な事を連絡して呉れました。
敗戦と同時に朝鮮人から真っ先に迫害を受けたのは日本人巡査で有る事を忘れてはいけません。彼等は今迄敬って居た筈の日本人警察官に何故手の平を返した様な残酷な迫害を加え始めたのだろうか。今迄敬って居た彼等の姿は偽だったのでしょうか。その通りだったのです。日本人警察官と云っても皆が皆真面目な警察精神で職務を遂行して居た者ばかりでは有りません。自分の欲望の為、警察権力を私用していた警察官が意外と多かったのかもしれません。
斯う云う事をして来て居た警察官の行動を朝鮮人達は知って居たのですが、今迄は此の警察権力に屈服して耐えて居たのです。
私だって、神様でも仏様でも無い、絶対権力を私欲に使った事は無い。とは言われませんが、私の様な警察官は少なかった様です。此の警察官達が終戦に成り権力を失った途端に朝鮮人達は一斉に今迄のうっ憤を晴らしに、報復に、仕返しで、斯う云う過去を持った警察官に苛酷な暴力を加え始めたのでした。
故に、駐在所を焼き討ちにされた駐在所の主席や、道端の穴に埋められた日本人巡査は何かよほど悪辣に権力を使用し朝鮮人に憎まれて居た者達なのでしょう。
其れとは別に、権力の使用と云っても正当な権力の使用をして朝鮮人に憎まれた警察官も又多数おりました。斯う云う人は、高等警察課掛に勤務していた警察官に特に多いのですが、各警察署の課長に成ると、一挙に何十名時には何百名と云う思想犯被疑者を検挙する事も有ります。この様な場合、正当な権力の行使で有っても被疑者や同族の者達から受ける憎しみ怨嗟は大変根深く大きなものです。
これは メッセージ 3 (敗北の果てに さん)への返信です.
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