終戦後の北朝鮮の思い出

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北朝鮮の思い出(1)

投稿者: haibokunohateni1945 投稿日時: 2012/09/05 19:16 投稿番号: [2 / 7]
今日も朝から暑い日が続いて居ります。今の退汐は年間で一番暇な時です。私が此の退汐に来て丁度一年を迎えて居りました。
  私は夕夜の二日酔いと云う程では有りませんが、事務所で署員達に昨日防共団と一緒に船で海岸線を調査した模様や防共団長宅に市内の有力者が偶然に多数集まり遅く迄宴会に成った模様を話して居りました。処に、警備電話が掛りました。私が受話器を取って見ると、警察部の同期生吉中君からでした。
  明日重大ニュースがラジオ放送される。多分、天皇直々のニュースだ。聞き洩らすな。という事だけ知らして呉れました。彼とは未だに同期生の交わりでいろんな状況を私にいち早く知らして呉れて居りました。私は此の重大ニュースとは何事だろう。もしかしたら、愈々本土決戦が決定し天皇が自ら国民に一層の奮励努力せよと下命されるニュースでは有るまいかと想像している処に、又警備電話で今度は署長がやはり吉中君の電話と同じ様に明日正午重大ニュースが有る聞き洩らさぬようにとの電話なのでした。警察部から各警察署長に警備電話で通達しこれを受けた署長は管下各駐在所主席に通達したのでした。
  内容は判らぬが極めて重大なニュースには間違いありません。私は直ちにラジオのスイッチを入れ、ボリュームを上げました。私は同機の吉中君が警察部高等課に居る為、大本営発表で隠していたニュース迄、戦況を知る事が出来て居りました。為、此のニュースの私に関して悪い予感に胸騒ぎを感じました。と同時に此のニュースの発表までは憶測でものを言っては成らぬと思いました。
  所員たちは、私に頼ってどんなニュースなのでしょう。と聞きますが、此れは解らぬ。つまらぬ造言飛語をせぬ様、注意し外に勤務に出なくともよい所内勤務で兎に角此のニュースが発表まで静かに待機する事に致しました。その内ラジオでも明日正午重大ニュースの有る旨放送し始めました。ので、国民の皆が此のニュースに関心を集めた事は当然でした。
  市内の有力者達も此のニュースを聞いたのでしょう、駐在所で聞けば何でも分かると思って、次々と聞きに来始めました。が、私も明快な回答は出来ませんでした。
  皆異常な好奇心を抱いて居りますが、まさか日本が戦争を放棄し無条件降伏した等と思う者は居りませんでした。
  斯うして、十四日は朝から終日不安な一日で過ぎましたが。ソ連が一週間前日本を裏切り敵国に回って居た事を知って居たのは私ただ一人だけでした。   証拠に、他の誰もがソ連がどうしたと云う事を誰も云わぬ事で解ります。が、大本営発表も新聞もソ連の事は全然知らさず、関東軍の状況やソ満国境方面の事は全然桟敷ツンボにされて居てのです。戦況がきわめて不利な事は国民も知って居りましたが、広島に投下された新型爆弾の威力がどの様な物かは判りませんが此の一個の爆弾がきっかけで、日本が無条件降伏するなど到底想像できないのが外地に住む日本国民の偽らぬ心境でした。
  特に、朝鮮には未だ戦争で全然傷ついて居ない五十万の、朝鮮軍の精鋭が私在な事を誇りにして居りました。
  不安な一夜が明けて十五日も朝から所員全員ラジオを見つめながら正午を待ちました。
  重大ニュースに成りましたがラジオの調子が悪いのか。雑音が多く、今まで聞いた事の無い音声、其れが天皇の玉音放送なのでした。
  私は、近衛兵で有った為、宮城守衛勤務に当たり天皇の指呼のちかくで守衛警備に服していたが天皇の玉音は未だ聞いた事が無かった。
  天皇の玉音は誰も聞いた者は極めて少ない。大宮人現神人独特の口調は一般人の国民の耳には解り難い言葉でしたが。これ以上戦争を続けて国民を苦しめる事は忍び難い。故に、戦争を放棄して降伏する。国民は忍び難きを忍び耐え難きを耐えて呉れと云う意味の終戦を告げる玉音放送だった。
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