12月14日 陸海軍の動き
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/09/24 16:19 投稿番号: [981 / 2250]
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入城式の日取り交渉
早瀬利之著
『将軍の真実
南京事件
松井石根人物伝』
136p
《 十四日、蘇州から塚田参謀長を通じて
「入城式は十七日に行なう」
旨を
上海派遣軍に伝達、しかし、上海派遣軍は十七日は不可能と返答してきた。
入城式については、方面軍参謀の長勇が十六師団と現状について連絡した結果、
掃蕩の関係から、入城式は二十日以降がいいだろうと判断し、
松井方面軍司令官に事情を説明している。》
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杭州作戦のため第十軍の移動
戦史叢書
『支那事変
陸軍作戦1』
430p
《 十二日、軍は第十八師団は、下泗安及び広徳付近、第百一師団主力
(第六野戦重砲兵旅団主力、独立第二野戦重砲兵大隊属) は湖州付近、
第一後備歩兵団
(四大隊編成)
は嘉興付近に兵力を集結し、
杭州攻撃を準備するよう命じた。
第十八師団の大部は、十四日蕪湖付近出発、》
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海軍の作戦
戦史叢書
『中国方面海軍作戦1』
468p
《 十四日、第一警戒部隊各艦艇は敗残兵の掃蕩、航路の啓開を続行した。
その概要は次のとおりである。掃四は蕪湖に進出。
「二見、熱海」
は草鞋峡水路を啓開。
「比良」
及び特掃二隻は鎮江において天谷支隊の渡江作戦に協力。
特別作業隊は烏龍山閉塞線の拡大啓開に従事。
「保津、鶴、安宅、鴻、江風」
は、 「パネー」
遭難地にあって救助作業に従事。
各艦艇は陸戦隊を揚陸して江岸の敗残兵を掃蕩、
下関の海軍碼頭、中山碼頭一帯を占拠。》
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