安全区掃蕩に関する注意2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/09/19 15:39 投稿番号: [976 / 2250]
東中野修道著
『南京大虐殺の徹底検証』
181〜183p
“ 秋山旅団長の 「掃蕩実施ニ関スル注意」
この 「南京城内掃蕩要領」 に基づき、 「掃蕩実施ニ関スル注意」 が、
右翼隊隊長 (歩兵第六旅団長秋山義兌 (よしみち) 少将) から、
歩兵第七連隊等に発令された。
十二月十三日午後四時三十分のことであった。
《 二、外国権益ノ建物ヲ 敵カ之ヲ 利用シアル場合ノ外 立入ヲ厳禁ス 》
外国大使館、外国人居住の住宅等に立ち入れば、あとあと大きな問題となるから、
その立ち入りが厳禁されたのである。
《 三、掃蕩隊ハ 残敵掃蕩ヲ任トシ、必ズ将校 (准尉ヲ含ム) ノ指揮スル部隊ヲ
以テ実施シ、下士官以下 各個ノ行動ヲ 絶対ニ禁ズ 》
掃蕩隊は将校のみが指揮することとなった。その任務はやはり 「残敵掃蕩」、
即ち残敵を一掃することであった。市民を虐殺することではなかった。
当然、各人の個人的行為は禁止された。
つづいて 「掃蕩実施ニ関スル注意」 は次のように命じる。
《 四、青壮年ハ 凡 (すべ) テ敗惨兵 又ハ便衣隊ト 見做 (みな) シ、
凡テ之ヲ 逮捕監禁スベシ
青壮年以外ノ 敵意ナキ支那人民 特ニ老幼婦女 ニ対シテハ 寛容之ニ接シ、
彼等ヲシテ 皇軍ノ威風ニ 敬仰セシムベシ 》
蒋介石は 「戦えるものは誰でも駆り集め」 て戦線に送っていた。
従って、青壮年は敗残兵である疑いが極めて濃厚であったのである。
「掃蕩実施ニ関スル注意」 は、これを逮捕監禁せよと命じている。
他方、 「青壮年以外ノ 敵意ナキ支那人民 特ニ老幼婦女」にたいしては、
寛容に接するよう命じている。
そして、規律ある日本軍であると一般市民が敬服するよう、行動を慎めと命じた。
《 五、銀行、銭荘等ハ侵入ヲ禁止シ、歩哨ヲ配置スベシ 》
《 六、家屋内ニ侵入シ 掠奪ニ類スル行動ヲ 厳ニ戒ムベシ 》
掠奪もまた禁じられたのである。
《 七、放火ハ勿論、失火ト雖 (いえど) モ、軍司令官注意ノ如ク 厳罰ニ処ス》
失火といえども厳罰に処する、という厳しい命令であった。
《 八、友軍相撃 (あいうち) ニ就 (つい) テ厳ニ注意スベシ
合言葉ハ 「金沢」 「富山」 ト定ム》
南京が陥落したと言っても、紫金山一帯では激戦が続いていた。
城内の安全は確立していなかった。
合言葉があらかじめ決められていたのも当然であった。
なお、第九師団は富山、石川、福井の出身者からなる師団であった。
《 九、火災ヲ発見セバ 附近部隊ハ勿論、掃蕩隊ハ 速(すみやか) ニ 消火ニ努ムベシ》
火災を発見したならば掃蕩を中止せよ、そして直ちに消火に努めよ、と命じられた。”
“ 秋山旅団長の 「掃蕩実施ニ関スル注意」
この 「南京城内掃蕩要領」 に基づき、 「掃蕩実施ニ関スル注意」 が、
右翼隊隊長 (歩兵第六旅団長秋山義兌 (よしみち) 少将) から、
歩兵第七連隊等に発令された。
十二月十三日午後四時三十分のことであった。
《 二、外国権益ノ建物ヲ 敵カ之ヲ 利用シアル場合ノ外 立入ヲ厳禁ス 》
外国大使館、外国人居住の住宅等に立ち入れば、あとあと大きな問題となるから、
その立ち入りが厳禁されたのである。
《 三、掃蕩隊ハ 残敵掃蕩ヲ任トシ、必ズ将校 (准尉ヲ含ム) ノ指揮スル部隊ヲ
以テ実施シ、下士官以下 各個ノ行動ヲ 絶対ニ禁ズ 》
掃蕩隊は将校のみが指揮することとなった。その任務はやはり 「残敵掃蕩」、
即ち残敵を一掃することであった。市民を虐殺することではなかった。
当然、各人の個人的行為は禁止された。
つづいて 「掃蕩実施ニ関スル注意」 は次のように命じる。
《 四、青壮年ハ 凡 (すべ) テ敗惨兵 又ハ便衣隊ト 見做 (みな) シ、
凡テ之ヲ 逮捕監禁スベシ
青壮年以外ノ 敵意ナキ支那人民 特ニ老幼婦女 ニ対シテハ 寛容之ニ接シ、
彼等ヲシテ 皇軍ノ威風ニ 敬仰セシムベシ 》
蒋介石は 「戦えるものは誰でも駆り集め」 て戦線に送っていた。
従って、青壮年は敗残兵である疑いが極めて濃厚であったのである。
「掃蕩実施ニ関スル注意」 は、これを逮捕監禁せよと命じている。
他方、 「青壮年以外ノ 敵意ナキ支那人民 特ニ老幼婦女」にたいしては、
寛容に接するよう命じている。
そして、規律ある日本軍であると一般市民が敬服するよう、行動を慎めと命じた。
《 五、銀行、銭荘等ハ侵入ヲ禁止シ、歩哨ヲ配置スベシ 》
《 六、家屋内ニ侵入シ 掠奪ニ類スル行動ヲ 厳ニ戒ムベシ 》
掠奪もまた禁じられたのである。
《 七、放火ハ勿論、失火ト雖 (いえど) モ、軍司令官注意ノ如ク 厳罰ニ処ス》
失火といえども厳罰に処する、という厳しい命令であった。
《 八、友軍相撃 (あいうち) ニ就 (つい) テ厳ニ注意スベシ
合言葉ハ 「金沢」 「富山」 ト定ム》
南京が陥落したと言っても、紫金山一帯では激戦が続いていた。
城内の安全は確立していなかった。
合言葉があらかじめ決められていたのも当然であった。
なお、第九師団は富山、石川、福井の出身者からなる師団であった。
《 九、火災ヲ発見セバ 附近部隊ハ勿論、掃蕩隊ハ 速(すみやか) ニ 消火ニ努ムベシ》
火災を発見したならば掃蕩を中止せよ、そして直ちに消火に努めよ、と命じられた。”
これは メッセージ 975 (kireigotowadame さん)への返信です.