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12月13日 脱出軍と佐々木支隊との激突

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/08/29 18:25 投稿番号: [955 / 2250]
前日、司令官唐生智より、敵中突破で脱出しろと、中国軍に命令があっていた。

兵隊たちは、下関へ脱出路を求めたが、船が無いため、戻り、或る者は安全区に隠れた。

しかし、それを潔しとしない者は、命令どおり、敵中突破の挙にでた。

そこに、佐々木倒一少将の部隊がいた。



佐々木倒一少将私記

十二月十三日


《 十二日の夜は至る処に激烈なる銃声を聞き、後半夜には砲声さへも聞えた、

併   (しか)   し一般の情勢から判断すれば落城は刻一刻近づきつつあるので、

予備隊の直ぐ左に在る高地に敵が出てくれば忽   (たちま)   ち苦境に陥らなければならず、

而かもこゝに僅   (わず)   か一中隊の兵力を割   (さ)   くことができるばかりの

手薄だつたに拘   (かかわ)   らず極めて安易な気持になつた。



併しやつと断続して取れるやうになつてゐる師団司令部との無線連絡に依   (よ)   つて

師団命令や情報を聴く為に終夜を費し、

追撃命令を下達したのは午後六時に近かつたのである。

而かも此   (この)   間銃声が近距離に起り、銃弾が盛んに壁に命中してくるのであつた。



満州の旧部下が苦辛   (くしん)   して持つてきて呉れたするめや魚の干物を分配、

そして久し振りにクレーヴンの芳香に接した。

此人達から東宮中佐が去十一月十三日杭州湾上陸作戦の花と散つたことを聴いたのである。

去八月の中頃大連で別れたのが最後で、此人は満洲移民の生みの親と云はれ、

もつと生きてゐて貰ひ度かつた惜しい武人だつた。万感胸に迫る。



焚火   (たきび)   を掻   (か)   き立てゝ煤   (すす)   けた寝台に横になり忽ち熟睡。



午前八時頃ふと目を醒   (さま)   せば至近の距離に激烈な銃声がしてゐて、通信手や

行李   (こうり)   の輜重   (しちょう)   兵までが銃を執   (と)   つてばたばたやつてゐる。

「何事だ?」

屋外を走りかけた副官に尋ねる。



「今撃退したところです、紫金山から真つ黒になつて降りてきました」

「敗残兵か?」

「チェックを腰だめで撃つてくるのです、それが何回も何回も五六百一所になつて」

「鉄砲を取り上げろ」

「降伏なんかするもんですか、皆殺しです」



くるわ、くるわ、あつちにもこつちにも実に夥   (おびただ)   しい敵兵である、

彼らは紫金山頂に在つた教導師の兵で 血路を 我支隊の間隙に求めて

戦線を逆に討つてでたものであつた。銃声の間に怒号罵声すら聞えてゐる。》



《 家屋に立て籠っていつまでも抵抗するもの、いち早く便衣に替えて逃走を計るもの、

そして三々五々降伏する者は必ず池の中に投じ或いは家の中に投げ込んで放火していた。

この点は実に徹底していた。当面の敵は蒋介石が虎の子のようにしていた

師団だけあって最後迄最も勇敢に戦ったようである》


注    「チェック」   とはチェコ製の機関銃で日本製より優れていた。


つづく
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