12月12日 下関 (シャーカン) での悲劇2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/08/20 14:55 投稿番号: [944 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
217p
《 敗兵たちは、ロープ、ゲートル、ベルト、さらには軍服をひきさいて
急造した綱で城壁外におりたが、夢中で飛びおりて死ぬ者もいた。
ようやく下関にたどりつくと、埠頭は渡船をもとめる市民 (?) と将兵の争乱場である。
「江面雖
(いえども)
有少数船舶、 因統制無人、 多被争奪士兵撃沈、
亦有
装載過重沈没者、状至悽惨」
と、中国側
「抗日戦史」
も記録しているように、乗れぬと思った兵は
船に発砲し、乗れたとしても定員過剰で沈没し、
つめかける群集におされて水中に転落する者もあり、
江上と江岸は阿鼻と叫喚につつまれた。》
*
児島氏は、ここで
「埠頭は渡船をもとめる市民と…」
と書いているが、
これは正しいのか?
市民は安全区に避難している筈なのに、何で危険な城外にいる?
船で逃げられる者は、何日も前にとっくに逃げ出している。
南京にいる者は金がなく、逃げ出せなかった者ばかり。
しかも兵隊が門を塞ぎ、邪魔しているから簡単には出られない。
ラーベですら、許可なしでは出られなかったのに。
この市民とは、平服に着替えた兵士ではないのか?
それは、ともかく、このようにして、ユウ江門と下関周辺には大量の
死体ができ、
揚子江には大量の漂流死体が浮かんだ。
これを、後で見た外国人と、後から来た、善人心の日本人は、
日本軍が殺したと勝手に思いこむ。
これは メッセージ 943 (kireigotowadame さん)への返信です.
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