12月8日 中国側資料から見た戦争
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/07/16 14:01 投稿番号: [907 / 2250]
宋希濂の回想録
『鷹犬将軍』
より
《 「十二月八日、第六十六軍
(葉肇 (ようちょう) ・ 広東軍)
と
第八十三軍
(鄭 (とう)
竜光 ・ 広東軍)
の部隊は、湯水鎮の東西を結ぶ線
(南京市の東。そのまま公路を行けば、東の城門である中山門にぶつかる)
で大きな圧迫を受けたので、陣地を放棄し、
紫金山東北
(中山陵、明の孝陵がある)
まで退却した。
同じ日、七十四軍
(蒋介石の母の甥に当る兪済時が軍長)
は
淳化鎮一帯から後退、大勝関
(南京市南東部)
東北で引続き交戦、
四十八師
(後退してきた第二師徐源泉軍の師長徐継武)
は
棲霞山
(江岸下流地帯)
で敵と対峙していた。」》
(鈴木明著
『新「南京大虐殺」
のまぼろし』
257p)
これは メッセージ 906 (kireigotowadame さん)への返信です.
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