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「百人斬り」訴訟

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/06/25 16:00 投稿番号: [883 / 2250]
■「百人斬り」訴訟の争点と展望
2005.9.9
細川一彦氏のオピニオンより

  南京にある「南京大屠殺記念館」は、入り口に30万という数字を掲げている。そして、展示内容の中で特に日本軍の「残虐さ」を強調しているのが、「百人斬り」の話であるという。

  「百人斬り」とは、昭和12年12月の南京攻略戦で、旧日本軍の二将校、野田毅、向井敏明両少尉が、日本刀でシナ人の「百人斬り」を行ったという話である。当時、東京日日新聞(現・毎日新聞)は、野田・向井両少尉が前線で中国兵を斬り倒し、「百人斬り」の競争をしているという記事を、4回にわたって掲載した。戦後、この記事を唯一の根拠として、両少尉は捕虜・住民虐殺の罪で起訴され、昭和22年11月南京軍事裁判所で即日死刑を言い渡され、同年12月銃殺された。

  私は最初、朝日新聞の本多勝一記者の著書『中国への旅』で知った。昭和40年代の終わりごろ、20歳前後のことである。当時の私はそれを真に受け、憤りを感じた。その後、山本七平氏が、自分の陸軍体験に基づく知識と、南京戦の実態、日本刀の性能等から、「百人斬りは虚構」と論じているのを読んだ。鈴木明氏が、著書『「南京大虐殺」のまぼろし』で克明な検証を行い、冤罪と断じたものも読んだ。他にもいろいろな人たちが書いている。
  それらを読めば、「百人斬り」の記事は、戦意高揚のために書かれた虚偽・誇張の記事である可能性が非常に高いことが、誰にもわかる。しかし、事の真偽は確かめようもなく、年月が打ちすぎた。

  「百人斬り」事件をめぐる新たな動きが現れたのは、平成12年のはじめだった。月刊「正論」に、向井少尉の次女・田所千恵子さんが、両少尉を死刑に処した判決文等の資料を公開した。60年以上たって真相の一端が、ようやく公になったわけだ。資料は、南京軍事裁判の不公正さを明らかにしていた。
  また、翌年、同じ「正論」に、野田少尉の手記が掲載された。手記は少尉の遺品の中から発見されたもので、話は東京日日新聞の浅海記者に持ちかけられた創作であったことが記されていた。
  平成12年の後半だったと記憶するが、都内で行われたある講演会で、向井少尉の娘・田所千恵子さんの訴えを聴いた。千恵子さんは、中学時代に「戦犯の子」と呼ばれて苦んだ。父の話は、いつかは忘れ去られるだろうと思って耐えていた。しかし、昭和46年、本多氏が朝日新聞に書いたことで世に知られるようになり、「百人斬り」を事実とする本が出版され、遺族の生活はすっかり変わってしまったという。涙ながらの訴えは、満場の人々の心を打った。

  平成15年4月、千恵子さんは、父と野田少尉の無念を晴らすために、訴訟に踏み切った。裁判は、東京地裁で行われた。

原告は、向井少尉遺族(娘の田所千恵子さん、エミコ・クーパーさん)、野田少尉遺族(妹の野田マサさん)。被告は、本多勝一氏、朝日新聞社、毎日新聞社(元東京日日新聞社)、柏書房。訴因は、東京日日新聞の浅海記者による記事、朝日新聞の本多記者による記事、本多氏の著書「南京への道」「南京大虐殺13のウソ」の中で、百人斬りに関する記述が、原告等遺族の名誉を毀損しているから、出版の差し止め、謝罪広告の掲載、損害賠償(計3600万円)を求めるという訴訟である。
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