制令線の設定と中支那方面軍の編成
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/06/26 18:57 投稿番号: [86 / 2250]
上海派遣軍の大場鎮占領、蘇州河渡河、そして第十軍の杭州湾上陸により、
蘇州河南の中国軍兵士は、挟み打ちを恐れて、退却モードになりました。
そうすると、中国軍お得意の略奪行動が表れます。
上海の中国軍、総崩れの兆候 〔昭和12年11月8日 東京日日(夕刊)〕
《 某所着電によれば、我が飛行機の偵察によると、浦東方面の敵は五日、
我が陸軍の杭州湾上陸以来右往左往し、全く混乱状態に陥れるもののごとく、
殊に蘇州河南方地区の支那軍は六日来、虹橋路方面支那人家屋は勿論、
外国人住宅、教会等を見境もなく盛んに掠奪している。
支那軍は退去前には必ず掠奪するのが習わしで、すでに掠奪を開始せるより見て、
上海付近支那軍は近く全戦線総崩れとなるものと観測される。
〔上海本社特電七日発〕(軍七日午後八時発表) 六日午前、黄浦江南岸に到達せる〇〇部隊は、
七日午後六時頃、黄浦江を越えて北岸に進出し、更に松江に向かって攻撃前進中なり。
〔上海七日発同盟〕 事変以来浦東に蟠踞せる敵大部隊は我が陸軍新鋭部隊の杭州湾上陸により
多大の脅威を受け、動揺の色顕著なるものがあったが、敵は袋の鼠となるを恐れて、
咫尺(しせき) を弁ぜぬ濃霧と夜陰に乗じ六日夜来浦東を抛棄し、上海西北に向け続々退却を開始した。
蘇州河南岸を大躍進〔上海にて七日平栗本社特派員発〕 田上、石井両部隊の一線は
七日午後三時から総攻撃を開始し雨中猛攻撃を加え、歩兵部隊は勝庚部落を占拠した。
〇〇部隊の右翼方面では蘇州河に架橋し、後続部隊とともに戦車、砲車も渡河し、いよいよ戦果を拡大しつつある。》
そこで、追撃戦に移るわけですが、参謀本部は、戦線が無限に拡大するのを恐れ、制令線を設けました。
戦史叢書『支那事変 陸軍作戦1』397p
《十一月七日、臨命第六百号をもって「中支那方面軍ノ作戦地域ハ概ネ蘇州、嘉興ヲ連ヌル線以東トス」・・・
参謀次長から方面軍参謀長あて、次のような通牒を発した。
作戦地域ヲ蘇州−嘉興ノ線以東ト定メラレタルハ方面軍主力カ該線迄押出スコトヲ
予期スルニ非ス 貴軍ノ任務ハ依然上海付近ノ敵ヲ掃滅スルニアリテ・・・》
また、この日、第十軍と上海派遣軍とを指揮する組織として、
中支那方面軍の編合(戦闘序列ではない)及び任務が発令されました。
中支那方面軍司令官には松井大将が選ばれ、上海派遣軍司令官と兼任です。
中支那方面軍への命令は以下の通りです。
戦史叢書『支那事変 陸軍作戦1』398p
《一 中支那方面軍ハ支那方面艦隊ト協同シ上海西北方ノ敵主力ヲ崑山付近ノ
地区ニ於テ捕捉殲滅ス
二 上海派遣軍ハ依然蘇州河南方地区ノ攻撃ヲ続行シテ上海市ヲ封鎖スルト共ニ
重点ヲ京滬鉄道北側地区ニ保持スル如ク崑山方向ニ対スル攻撃ヲ準備スヘシ
十一月中旬 有力ナル兵団ヲ白茆口付近ニ上陸セシメ神速ナル行動ヲ以テ敵ノ退路ヲ遮断スヘシ
三 第十軍ハ主力ヲ以テ松江付近ニ進出シテ上海派遣軍ノ蘇州河南方地区ニ於ケル
作戦ニ協力スルト共ニ崑山方面ニ対スル爾後ノ攻撃ヲ準備スヘシ
四 作戦地境ハ北橋鎮、呉江ヲ連ヌル線トス 》
蘇州河南の中国軍兵士は、挟み打ちを恐れて、退却モードになりました。
そうすると、中国軍お得意の略奪行動が表れます。
上海の中国軍、総崩れの兆候 〔昭和12年11月8日 東京日日(夕刊)〕
《 某所着電によれば、我が飛行機の偵察によると、浦東方面の敵は五日、
我が陸軍の杭州湾上陸以来右往左往し、全く混乱状態に陥れるもののごとく、
殊に蘇州河南方地区の支那軍は六日来、虹橋路方面支那人家屋は勿論、
外国人住宅、教会等を見境もなく盛んに掠奪している。
支那軍は退去前には必ず掠奪するのが習わしで、すでに掠奪を開始せるより見て、
上海付近支那軍は近く全戦線総崩れとなるものと観測される。
〔上海本社特電七日発〕(軍七日午後八時発表) 六日午前、黄浦江南岸に到達せる〇〇部隊は、
七日午後六時頃、黄浦江を越えて北岸に進出し、更に松江に向かって攻撃前進中なり。
〔上海七日発同盟〕 事変以来浦東に蟠踞せる敵大部隊は我が陸軍新鋭部隊の杭州湾上陸により
多大の脅威を受け、動揺の色顕著なるものがあったが、敵は袋の鼠となるを恐れて、
咫尺(しせき) を弁ぜぬ濃霧と夜陰に乗じ六日夜来浦東を抛棄し、上海西北に向け続々退却を開始した。
蘇州河南岸を大躍進〔上海にて七日平栗本社特派員発〕 田上、石井両部隊の一線は
七日午後三時から総攻撃を開始し雨中猛攻撃を加え、歩兵部隊は勝庚部落を占拠した。
〇〇部隊の右翼方面では蘇州河に架橋し、後続部隊とともに戦車、砲車も渡河し、いよいよ戦果を拡大しつつある。》
そこで、追撃戦に移るわけですが、参謀本部は、戦線が無限に拡大するのを恐れ、制令線を設けました。
戦史叢書『支那事変 陸軍作戦1』397p
《十一月七日、臨命第六百号をもって「中支那方面軍ノ作戦地域ハ概ネ蘇州、嘉興ヲ連ヌル線以東トス」・・・
参謀次長から方面軍参謀長あて、次のような通牒を発した。
作戦地域ヲ蘇州−嘉興ノ線以東ト定メラレタルハ方面軍主力カ該線迄押出スコトヲ
予期スルニ非ス 貴軍ノ任務ハ依然上海付近ノ敵ヲ掃滅スルニアリテ・・・》
また、この日、第十軍と上海派遣軍とを指揮する組織として、
中支那方面軍の編合(戦闘序列ではない)及び任務が発令されました。
中支那方面軍司令官には松井大将が選ばれ、上海派遣軍司令官と兼任です。
中支那方面軍への命令は以下の通りです。
戦史叢書『支那事変 陸軍作戦1』398p
《一 中支那方面軍ハ支那方面艦隊ト協同シ上海西北方ノ敵主力ヲ崑山付近ノ
地区ニ於テ捕捉殲滅ス
二 上海派遣軍ハ依然蘇州河南方地区ノ攻撃ヲ続行シテ上海市ヲ封鎖スルト共ニ
重点ヲ京滬鉄道北側地区ニ保持スル如ク崑山方向ニ対スル攻撃ヲ準備スヘシ
十一月中旬 有力ナル兵団ヲ白茆口付近ニ上陸セシメ神速ナル行動ヲ以テ敵ノ退路ヲ遮断スヘシ
三 第十軍ハ主力ヲ以テ松江付近ニ進出シテ上海派遣軍ノ蘇州河南方地区ニ於ケル
作戦ニ協力スルト共ニ崑山方面ニ対スル爾後ノ攻撃ヲ準備スヘシ
四 作戦地境ハ北橋鎮、呉江ヲ連ヌル線トス 》
これは メッセージ 81 (kireigotowadame さん)への返信です.