体験談1 危うし支那の第五列
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/05/22 15:21 投稿番号: [844 / 2250]
ここからは東中野修道
編著
『1937南京攻略戦の真実』
小学館文庫
によっています。
この本は、もともとは靖国神社の偕行文庫にある、昭和15年11月編纂の
『第六師団
転戦実話
南京編』
上下二巻の藁半紙刷り本を
東中野氏が文庫本として出されたものです。
そういうわけで、原本は靖国神社にあるそうです。
ここでは、名前がイニシャルになっていますが、その理由は、
執筆者から掲載の許可を得るため、本人または関係者の連絡先確認に努力したけど、
65年前のことで、戦友会も解散していて、多くの人に連絡できず、
仕方なくイニシャル表記にしたという話です。
この本は戦時中に書かれているため、戦後の思想転換の影響は受けていません。
76〜77p
《危うし支那の第五列
−
歩兵第四十七連隊
(大分)
第二大隊第六中隊
S伍長
上陸してから尖兵 (せんぺい) 小隊として追及に移りました。
金山の街に入りかけたときです。
犬一匹おらんと想像した街から、年の頃二十五六の姑娘 (クーニャン) が
出てきます。そして私たちを見ても別に逃げようともしないのです。
小隊長殿が呼びにやられて、 「敵はいないか」
と訊 (たず) ねられると、
「二日前に日本軍が通ったから、誰もおらん」
と答えます。
私たちが
「五師団だろうか」
などと話しながら行こうとしますと、小隊長殿が、
「待て、警戒を怠るな」
と注意し、
「尖兵擲弾筒 (てきだんとう) を加え、軽機は木の根で援護」
と命じて行かれました。
そこはちょうど街の入口で、二〇メートルほど左に畠があり、
竹薮 (たけやぶ) があって、そこに一軒家がありました。
尖兵が街に入り終えた頃、突然その一軒家から猛射してきました。
案の定とすぐ配備につき、擲弾筒を射ちますと、
二三べんで動揺しはじめ退却しました
が、すんでのところで中国第五列の餌食になるところでした。》
注:
上陸とは
杭州湾上陸の事
金山とは
金山衛という街のこと
つづく
これは メッセージ 843 (kireigotowadame さん)への返信です.
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