南市攻略戦2 新聞記事
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/05/15 15:32 投稿番号: [837 / 2250]
〔昭和12年11月12日
東京日日〕
《〔南市にて十一日平栗、鈴木両本社特派員発〕
皇軍は十一日、ついに上海城内入口に、日章旗を高く掲げ、
ここに上海周辺の敵兵を完全に叩きつぶし、最後の止めを刺した。
思えば八月二十三日、先遣部隊の敵前上陸以来聖戦七十余日、
文字通り血戦、奮闘あったが、ヨーロッパ大戦の休戦日であるこの日、
皇軍上海城入りは全く意義深いものがある。
南市及び城内の支那人に徹底的覚醒の鞭を振るった南市攻撃は、
国際環視の下に十一日午後零時二十分から開始された。
二十分間機関銃制圧射撃が行われた後、松井 (健) 部隊、島部隊将兵
日暉路前のクリーク一帯に煙幕を張った。
神風というか、この日の風向は初め東南の風であったが、
集中射撃を行うころから西南の風に一変、白煙濠々と敵陣地一帯を蔽うた。
この時とばかり敵の機関銃猛射を物ともせず、川並部隊、松本部隊の決死隊が
普家宅東方湾曲地点に架設された軽渡橋を渡って突撃、
松野中尉の一隊、中村見習士官の一隊が零時三十八分、
その地点より、北方二百メートルの個所より
佐藤、榊原○隊等陸続と渡河して敵兵を一挙に粉砕しつつ、
その第一線は午後一時、すでに呂斑路に進撃した。
川並部隊の進撃に伴って鷹森部隊も黄浦江岸よりクリークを渡って、
手向かう敗残兵を蹴散らしつつどんどん進撃、
かくて夕刻までに川並、鷹森両部隊は上海兵工廠、江南造船所、上海地方法院、
民国審判所、滬杭甬鉄道南停車場、大同大学その他の重要建物を次々と占拠し、
その第一線は城内に至って日章旗を掲げた。
南市及び城内の一般支那避難民は豊浜路以北の地域に密集して避難中で、
我が皇軍部隊は善良な住民のため特に城内への進撃を差し控えた。
この日の敵前渡河は仏祖界を横に控え、各国人観戦の下に堂々と行われたもので、
仏、伊、英など各国の警備兵も皇軍将兵の勇敢なる様を眼のあたりに見て讃嘆した。》
これは メッセージ 836 (kireigotowadame さん)への返信です.
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